「AI」という言葉を聞くと、ChatGPTのようなものを思い浮かべる人が多いと思います。しかし、現在私たちが使っているAIは、一つの巨大な頭脳ではありません。実際には、いくつものプログラムを組み合わせて作られています。私は「AI」と一言でまとめてしまうことはとても危険な議論だと思っています。これを知らないで「AIが」「AIが」と言ってしまうから、まるで知性をもった怪物に見えてしまうのだと思います。
少し中身に踏み込みます。中心にあるものはLLMです。LLMとはLarge Language Modelの略で、日本語では「大規模言語モデル」といいます。簡単に言えば、大量の文章を学習し、「この言葉の次には、どんな言葉が続きやすいか」という関係を非常に複雑な形で身につけたプログラムです。その規模を巨大にした結果、質問に答えたり、文章を書いたり、プログラムを作ったりすることができるようになりました。
ここで、大きな図書館を想像してみてください。図書館には文学、歴史、科学、法律、料理、コンピュータなど、膨大な本があります。これがAIの学習に使われる大量のデータに相当します。LLMは、本をそのまま保存しているわけではありません。大量の文章から、言葉や概念がどのようにつながっているかを学習した「巨大な言語処理装置」のようなものです。一言でいえば「言語処理のエキスパート」です。
しかし、LLMだけでは現在のChatGPTのようなAIサービスにはなりません。たとえば、今日のニュースを調べるにはインターネット検索が必要です。地図を見る、画像を調べる、メールを読む、カレンダーを確認する、といった仕事もLLMとは別のプログラムがおこないます。ユーザーの要求に応じて、どの道具をいつ使うのかを管理する仕組みがあります。これを「ハーネス」と呼びます。「ハーネス」はLLMと同じくらい知っておいたほうがよい用語だと私は思っています。
図書館でたとえるなら、ハーネスは司書です。利用者から質問を受け取り、「これは図書館の知識だけで答えられる」「これは最新情報なので検索係を呼ぼう」「これは計算係を呼ぼう」と判断します。そしてLLMや検索、計算、画像認識などを組み合わせて仕事を進めます。つまり、普段一言で「AI」と呼んでいるものは、大量のデータ、LLM、ハーネス、検索プログラム、記憶システム、画像認識専門AIなどを組み合わせたシステムなのです。
ここでもう一度、図書館を考えてみます。世界最大の図書館を作り、最高性能の検索装置を置き、世界最高の司書を雇ったとします。インターネットも計算機も実験装置も使えるようにします。では、その図書館はアインシュタインになるでしょうか。
研究者は、知識を大量に持っているだけではありません。現実を観察し、「なにかがおかしい」と気づきます。そして「なぜだろう」と問い、仮説を立て、実験し、失敗し、考え直します。知識を大量に持っていることと、新しい問題を見つけて研究することは同じではありません。研究者の仕事は、まだ文字になっていないことを新しく文字にすることだともいえます。
AIの性能を語るとき、私たちはどうしてもLLMの大きさや回答能力に注目します。しかし、本当に見るべきなのは、どんなデータを持ち、どんなLLMを使い、どんなハーネスがそれらを動かし、どんな道具と接続されているのか、というシステム全体です。それは現在も開発され続けています。
「AIは賢い」という一言で済ませる前に、まずAIを分解して中身を見てみることが必要だと、現役エンジニアの私は思います。
