少々お恥ずかしいのですが、私の話をします。私は若いころ、京都にあるいまは名門の市立高校に通っていました。 小、中学校時代はよく教師に「頑張れ!」と言われましたが、この高校は自由と自主性を重んじていて 頑張るのも自由、なにもしないのも自由でした。勉強の好きな人は京大や東大を目指して勉強していましたし、自分で一家を支えて働いている人、自分の都合で授業を休む人もいました。服装は私服で、思い思いの服で自分を表現していました。服飾に興味があり全身ブランド品の人や、夏は海やプールに行くときに着るような服を身につけている人もいました。
この学校は校則もユニークで「靴は百メートルを全力疾走できるもの」だったと記憶しています。多感なときにこの学校の校風や、個性的な友人に囲まれて育ちながら、幸せってなんだろう? 生きるってなんだろう、はたまた生かされるってなんだろう、という問いがいつもありました。
それから数十年、子育ても一段落したので、国民幸福度の高いフィジーへ行ってみることにしました。短期間でしたが、フィジーの家庭にホームステイさせていただいたときのこと。野菜サラダ、野菜炒めとパンなどの料理が並んだ食卓で「いただきます」ではなくお祈りが始まりました。「~ありがとう」。「~」には「健康」や「家族」、そして「日本人」「日本」などもありました。お祈りは20分程度続き、私は、はじめはいつ食事が始まるのかと思いましたが、慣れてくるとこれが癖になり 祈るのが当たり前になって、自然といろいろなことに感謝する気持ちになりました。
また、フィジーのマナ島へ観光船で行ったときのこと。リゾート地なのでプロのミュージシャンがウクレレの演奏で歓迎して出迎えてくれました。そのうち一人は知的障害があるようで、ほかの三人とは違う帽子、服、おもちゃのウクレレでした。 リズムにはのっているものの、明らかに違う演奏でした。でも誰ものけ者にせず、逆に声をかけながら一緒に演奏を楽しんでいらっしゃいました。 演奏されている方はとても楽しそうで見ていた私までとても幸せな気持ちになった記憶があります。
私の場合、旅をすると心がリセットされて、日本で日々過ごしていても感謝する気持ちがわいてくるようです。
次に行きたいのがウジュビス共和国です。バルト三国のひとつリトアニアの首都のなかにあるらしく、大統領は詩人で音楽家で映画監督。その国の憲法がとてもユニークなので、行ってみたいと思っています。また報告させていただきますね。
プレマルシェ・
オルタナティブ・ダイナー
店長
京極 和花
(きょうごく わか)
子育てをひと段落終えて第3の人生を謳歌中。最近産まれた孫に夢中。孫に話しかけるときは声が裏返ります。