★byたけ★

【Vol.26】実るほど頭の下がる稲穂かな(最終回)

【実るほど頭の下がる稲穂かな】
《稲の穂は実るほど、頭が低くさがるものだが、人間も徳が高く、内に充実したものがあるほど謙虚だということ》

 今回は、昭和の大大大スターの『石原裕次郎さん』のお話です。

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 ある新人俳優が、デビューして間もないころ、撮影所内にいた日活のスタッフや俳優たち一人一人に挨拶をしに行った時のことです。

 どの人もつっけんどんで、「ああ、そう。まあ、せいぜい頑張りな」程度の応対しかしてくれませんでした。中には、彼が挨拶をしても、テーブルの上に足をのせたまま、タバコをぷかぷかふかし、無視する人までいました。

 しかし、石原裕次郎さんだけは違っていました。

 当時、既に大スターであったにもかかわらず、その新人が挨拶をすると、石原さんもすぐに席を立って、深々と一礼しながら、こう声をかけました。

 「こちらこそ、どうかよろしくお願いします。これからいっしょに頑張っていきましょう」

 石原さんのこの態度に新人俳優は大いに感激し、「自分はこの人に一生ついていこう。俳優として大成しなかったら、この人のお抱え運転手でもいい。雑用係でもいい。とにかく、この人のそばにいたい」と思ったそうです。

 実は、この新人俳優こそ、現・石原プロの社長である渡哲也さんなのです。
(参考:植西聡「宇宙銀行」、サンマーク出版)

 私たちはどうでしょうか?

 年下の若い人や仕入れ先の業者に対して見下したり、威張ったりはしたことはなかったでしょうか。

 どのような人にも頭を低く低く下げ、「自分が」よりも「譲る心」、「威張る」よりも「謙虚な心」で相手の人に接していくことが大事だということを石原さんは教えてくれました。

        *****

 10年くらい前、宇宙学の先生のお家に通った頃、その先生は誰にもニコニコと丁寧語でご応対されました。おいら当時20代後半で、先生から見たら孫の年齢だったのに、「河村さん」「河村さん」と丁寧語でご応対してくださったんです。

 ある日、なぜ丁寧語で応対してくださるのか、先生に聞いてみました。

 先生曰く、『不良星の地球は、玉石混淆に霊位が高い人も低い人もいます。自分からうんと年下の人でも霊位が高い人がいます。誰彼の区別なく自分が身を低くしたら、間違いありません。』

 なんて道理に適したお言葉だろう!と強く覚えてます。

 また、対人関係のトラブルでも、『バカになったらいいよ。身を低くする、勝ちを相手に譲る、相手を立てたら、いつか自分も立てられる。』 と言っておられました。

 悟る人はその姿勢が低くなる、争わない。

 『実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな』 おいらの一生の課題です~~。

 ありがとうございます。

表現画家「たけ

表現画家「たけ
ありがとうと「宇宙学」の実践ジャー、世界一無口な絵描きこと、我らがヒーロー表現者「たけ」さん。たけさんのメッセージは、私たちにいつもたくさんの元気と、たくさんの気づきを与えてくれます。
当コーナーは、たけさんが運営するブログ「ありがとうプロジェクト」より、たけさんご本人の許可を得て抜粋紹介しています。

「ありがとうプロジェクト」
http://hyougensya-take.cocolog-nifty.com/blog/

【Vol.25】福と富をもたらす福子(ふくご)

 香川県知的障害者福祉協会主催の講演会。 300人の前で、いつもの「ありがとう」の話や「自分の口から発する言葉が自分まで返ってくる」実験などの後、こんな話を追加しました。
 
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 さて、最後に魂のお話をします。夢物語として聞いて下さい。

 僕らの魂は何回も生まれ変わってくるらしいです。神の存在の近くに行く為に、何回も何回も何回も生まれ変わってくる。僕らの魂が、自分が生まれる前に、自分で課題を選び、今世まで生まれてきた。

 生まれつきの障害を持って、今世に生まれてきた方がたくさんいますね。この方々は、自分が生まれる前に、わざわざ不便な体を自分で選び、この世に生まれたんです。

 すごい魂です。この魂は今世で、人間に生まれ変わることに卒業なのかもしれない。 生まれつきの障害を持って、今も世に生れて来た方は、神の存在の近い魂かもしれない。

 その証拠に、僕はいろんな知的障害児とお付き合いがありますけど、その子達は、人と比べない、人と争わない、人と競わない。その子達を見て、「彼等の生き方が、人として正しい」とよく思います。

 昔の人はよく知っていました。心身に障害を持って生まれてきた子どもは、「福を呼ぶ福子(ふくご)」として、家族・地域で大事に育てて上げた世界的にも珍しい習慣が日本にはありました。例えば捕鯨の伝統のある地域では「鯨の生まれ変わり」とされ、村中、どこへ行っても歓待されました。日本の各地で、障害者を大切にもてなす習慣がありましたが、明治維新以降、そうした習慣は「迷信」として排斥されてしまいました。

 現代の福祉は、非障害者が障害者に「権利や幸福を与える」発想ですが、実は、全然逆なのです。今私たちは、神からつかわされた者、障害児から人間の生き方を学ぶべき時代を生きているかもしれません。

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 一方、悲しい歴史ですが、福子の逆で、障害を負の部分として捉える「鬼子」の考え方も存在しました。その障害の奇形や異常さゆえに「鬼の子である」として忌避したり、親によって間引かれたり捨てられたりした事例もあります。

 今も「鬼子」伝承は違う方法で根強く残っています。「受精卵診断」という命の選別につながるシステムです(受精卵の段階で遺伝子を解析し、将来起こりうる重篤な病気・障害の有無を診断する)。

 医学的なことは、おいらはよくわからんけど、「障害の子なら要らん」やろ?

 戦前の話じゃなく、この平成の話ですよ。

 また、優性保護法の名のもとに、この国は精神障害者やハンセン病(らい病)に、断種を目的として去勢など強制不妊手術を認めていました。別に戦前の話じゃなく、わずか9年前の平成の話です。

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 個展、講演などで、障害がある子を持つお母さんとたくさん会うけど、中には「私のせいだ」と自分を責めるお母さんや、「子育てが介護になって疲れてます」と言うお母さんもいます。

 でももし、「4分の1の奇跡」という映画を見たら、「私はついてる。私はラッキーだった。私は私で素晴らしいんだ、あなたはあなたで素晴らしいだ、この子はこの子のままでいいんだ、神様に感謝します」と変わります。

 「障害者が生まれてきた意味は科学的にちゃんと証明されている。障害・病気を持った人はいなくていいと排除していたら、ある村は絶減になっただろう」という話があり、大変感動しました。この映画は、おいらが常に思ってることをわかりやすく説明してくれました。

たけさん感動のドキュメンタリー映画「1/4の奇跡~本当のことだから~」は、弊社でも年に数回上映会を行っています(不定期)。毎回多くの方々にご参加いただき、様々な気づきを分かち合うすばらしい機会となっています。次回の上映会は未定ですが、決定しましたら当誌面ならびに弊社本店サイト「びんちょうたんコム」にてご案内いたしますので、どうぞご期待下さい。

表現画家「たけ

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【Vol.24】ビューティー・コロシアムを見て

 テレビで『ビューティー・コロシアム』という番組をチラ見しました。

 いろんな外身に悩みを持った女性に、その道のプロが顔、体型、髪、メイクなどいじる番組だった。

 確かに、同情する女性もいました。この美容整形で強く明るく正しい生き方が出来たら、いいと思いました。おいらは、その女性達の気持ちはよくわかるわ。

 発病した時は、しゃべれる薬、聞ける薬、手が動く薬があったら1億でも買う!(金はないけど)とずっと思ったから。

 でも、以前から宇宙学を学んで『四句御 言(しくごしんげん)』という詩を知っていました。

 【与えられたことを感謝して受けよ
  与えられぬことを感謝して受けよ
  与えられたことを拒(こば)む これ欲なり
  与えられぬことを欲(ほっ)する これ欲なり】

 たけの場合は、この障害は与えれたことだから感謝して受け入れたんです。

 もちろん、最初は無理やり感謝した。「ありがとうございます、ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・・」と。ほんまにムリヤリ、無理やり、無理矢理でしたよ。

 しゃべる、聞く、片手など障害全般は、与えられぬことだから感謝して受け入れたんです。 病気・障害は「いやだ!!」と拒むとこれも欲ですね。

 喋りたい、聞きたい、など与えられぬことを欲したら、これも欲ですね。

 この四句御 言(しくごしんげん)を知ると今の自分の分相応がよく解りますね。

 そして、自分の業を感謝したら、その嫌な部分は素敵な個性となって、自分の味方になってくれました。

 『四句御 言(しくごしんげん)』の教えを実践して、「ありがとうございます」と口グセにして、落ち着いていた頃、『しゃべれる薬、言葉を判る薬、手が動く薬があったら1億でも買う!』と思ったが、大切なことに気付いた。

 待った・・・1億を出して元の体に戻れるって、もともとの体はいくらの価値があったやろ?

 ただで話を出来る、ただで言葉、音楽がわかる、手も使える。全部もともと出来ることだった。

 以前は、話を出来る、ただで言葉、音楽がわかる、手も使えるって当たり前で、感謝したことなどなかった。

 もしかしたら、僕らは無限の幸せに包まれて生きてきたかも、と気付いた。

 もしかしたら、僕らは普段から当たり前と思っていることが、むちゃくちゃありがたいことかも、と気付いた。

 普通に話が出来ることがどれほどありがた いことか。
 普通に歌を聴けることがどれほどありがた いことか。
 普通に手・足を動くことがどれほどありが たいことか。
 普通に自分でうんこできることがどれほど ありがたいことか。

 すべてありがたくてありがたいことだった。

 それに気付いたら、争う、比べる、怒ることどんどんなくなってきた。

 必要なものは全部全部いただいている と気付いてしまった・・・・・

 なのに僕らは、「あれが足りない」「これも気に入らない」「あれほしい」「これほしい」「○○さんはいいなぁ~」と、不平不満、文句、ねたみを言っているのです。

 僕らは幸せの海の中にいます。一歩外に出たら、よくわかります。「私はありがたいことだらけだった」と。

 いま、おいらは、神様から「元の体に戻してあげようか?」と言われたら、「いいえ、私は今のままで十分幸せです」と言います。

 僕は、今のままで十分幸せです。

 多分、みなさんも ・・・・・・

 ありがとうございます。


表現画家「たけ

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