中川信男の一問一答

【Vol.54】防災対策や地震予知について教えてください

質問:
3.11から1年が経ちます。中川さんはどのような防災をしていますか?また地震予知についてどう考えますか? (京都市 H様)

答え:
 まずは、改めまして昨年の大地震で被災された皆様、心に痛みを感じられた皆様にお見舞いを申し上げます。

 昨年のあの日、私は京都におりました。私自身は前日に東京から帰ってきており、同行していたスタッフ1名が東京に残っていたとき、あの揺れはやってきました。関西方面では震度はたいしたことがなかったのですが、直感的に「この地震は普通ではない」と感じ、商談の相手をさしおいて、近くのスタッフに「すぐ、震源と震度を確認!」と指示しました。3.11の2日ほど前、銀座でランチミーティングをしているときに感じた揺れとその周期と何ともいえない冷感が、私自身になぜか予定を返上して1日早く京都に帰らせていたようです。その後は皆さんご存じの通りで東北圏は通信障害が頻発してお取引先などの安否の確認すらも難しい状況でした。

 プレマでは2004年頃から防災ページを公開しています。「食や生活の安全を志すものは、災害に対する安全も提案しないといけない」と考えた結果です。このページを公開してから数年は「中川信緒は地震予知者になった」「ジョセリーノ中川降臨!」などというような巨大匿名掲示板の中傷もあったことを思い出します。そのうえ、これらの商品は平時にはほとんど売れず、在庫をチェックするスタッフから「売れていないので廃盤にしてください」と進言をうける、いわゆる「死に筋商品リスト」にランクインするものばかりです。しかし、いざ災害が起きるとあっという間に品はなくなってしまい、できれば何もないときにこそ考えていただきたいなと、いつも思っていました。私は地震を予知しているのではなく、「いつでもその可能性がありますよ」とたびたび申し上げているに過ぎません。

 今回の大震災によって、地中のエネルギーは最大化しており、近く解放されるであろうことは想像に難くありません。よって、大震災の前よりもはるかに高い警戒と準備をしておくことをおすすめします。会社や個人でやっている防災および準備についてすべてをご紹介する紙面的余裕がありませんので、一部をご紹介します。

どこにいても、常に持っておくべき「もの」や「こと」

携帯電話用の予備バッテリー:
いわずもがなですが、エネループなどの品質のよいものをおすすめします。安物は突然使えなくなることがあります。
風呂敷やショール、小型シートなどのコンパクトで包んだり縛ったりできるもの:
止血、固定、防御や保温も兼ねます。竹布がベストでしょう。
携帯からSMS(ショートメッセージ)の送信練習:
通話はもちろん、メールも不安定になります。メールは通信量が多く、ダメになりやすい可能性がありますので、電話番号で発信できるSMSの送信練習をしてください。現在はキャリア問わず送受信できます。

私が備蓄しており、販売しているもの、かつ珍しい選択肢

大高酵素

何十年も腐らず、大切な栄養源となります。これ以外は食べないファスティングにも使えるような複合栄養素ですから、食糧供給が止まっても健康を維持できます。家族7人が1週間は飲める量をおいてあります。
ユーカリプタススプレー
水が止まっても化学物質を使わず、かつ衛生的な生活が可能になります。こちらも腐りませんし、大震災でも大変役に立ったと聞いています。
レスキューレメディー
不安を和らげる効果がありますから、精神の健康を維持するために、必ず何本か持っておくとよいでしょう。非常時にパニックになるのが最も身の危険を誘発し、かつ不健康になります。
エリクサーⅡハーレーⅡなど、逆洗浄可能で超高性能な浄水器:
どれだけ汚れた水でも綺麗にすることができ、放射性物質も除去します。この2製品はフィルターを換えずに7年近く使えますので、普段から使っておくだけでいざというときにも生きます。フィルターの性能の低い製品は災害時には役立ちません。また、逆浸透膜(RO膜)を使っている製品は、汚水を入れるとすぐ詰まります。

ちょっと別のこと

レーシック:
目に手術をするわけですから、賛否両論あるのは存じています。ただ、私は大変目が悪く、もしメガネがダメになったら何も出来なくなると思いました。被災されたコンタクトの人は大変苦労されたと聞いています。私の個人的な判断ですが、いざというときに行動できないリスクを考えたときに、レーシック手術をすることを決断しました。
田舎の土地、できれば「あばらや」も:
本紙でも何度か取り上げた内容ですが、都市部で被災したときや経済大混乱が起きているときに、徒歩12時間以内で避難できる逃げ場所を持っている価値は高いです。変な未来のない投資商品より、安くて耕作できる土地と小屋があれば、何とかやっていけるかもしれません。

【Vol.53】福島はおいしい

 先日、福島へ行ってきました。夫と息子とスタッフの末武とともに、最高にすばらしい時間を過ごせたことに、お世話になったみなさんに心から感謝をいたします。京都に戻ってからは、二本松でいただいた白ネギづくしのお食事を楽しんでいます。昨日はお鍋にして、今日はグラタンにして楽しみました。本当に甘くておいしいおネギでした。福島滞在中、二キロも体重が増えてしまい「福島はおいしい♪」ということが、身をもって知らされました。

 実は、今回伺うにあたって、わたしはずっと悩んでいました。震災後の福島の状況を考えると、その場へ行ってどんな行動をすればいいのか、どんなことばをかければいいのか、まったくわからなかったのです。〝わたしは、何を目的にして行けばいいのだろうか……〟という思いが、思考のすべてになっていました。しかし、出発が近づくにつれて、夫が福島から帰ってくるたびにいっていたことばばかりを思い出すようになりました。それは「福島は、本当に美しいところや。それになんでもおいしいわ。はやく連れて行ってあげたいわ」ということばです。多くの震災での状況を見てきているはずなのに、まずは毎回そこから入るのです。ならば、〝夫がわたしにみせたがっていた福島を味わおう〟という結論に、わたしは導かれていきました。ただひとつの、わたしの中のトゲをのぞいては……。

 それは、わたしの中にあるひとつの大きな後悔でした。震災直後に夫がいったひとこと。「大型トラックで、福島に今すぐにいく」を拒否したことでした。原発の事故があり、その影響で支援物資がゆきとどかないと、報道されたときのことです。そのとき、大型免許をもっている夫は、トラックに支援物資を詰め込みとにかく被災地へ向かいたい、「今しなければ」という思いでいっぱいだったはずです。

 しかし、原発事故の状況がわからず余震も続いており、いつまた爆発が起こるかわからない中、どうしても夫を送り出すことができませんでした。結局夫が福島の被災地に入ったのは、震災から一ヶ月たった四月。桜の花が咲いてからとなりました。その後、精力的に活動してゆく夫の姿をみながら、〝どうしてわたしはあの時「GO!」といえなかったのだろうか〟と、そのとき困窮していたみなさんに申し訳なくて申し訳なくて、そして恥ずかしくて仕方ありませんでした。

 先日相馬市に行ったときに、この思いを吐露しました。「そんなこと気にされなくても、こうやって来てくださっているからうれしいんです」ということばを返していただき、涙してしまいました。後に戻ることはできませんが、「次に何かあったら、いちばんに行くから」という夫を送り出すことがわたしの使命だと心に刻み、ひとつ前へすすめたように思います。

 とてもあたり前のことなのですが、福島ではみなさんが日常の生活をおくってらっしゃいます。皆が家に閉じこもっているわけでもなく、うつむいて歩いているわけでもなく、ずっと泣き続けているわけでもなく、深刻な顔ばかりでなく。二本松で農家の方は、プレマ基金で支援した測定器で農地・農作物の状態を逐一確認され、これからの農業に希望を見いだそうとしていました。夫から状況をきいていても「福島産=危ない」という刷り込みがとれずにいましたが、細かく測定され数値を積み上げられているのをみて、それは覆っていきました。

 「生産者の顔が見えて放射能測定をしていると、安心して買って食べられるね」と夫にいうと、「それを、見に来ないとダメだ」といわれました。そう、〝消費者は選べるけれど、生産者は選べない〟中で、未来へむけて農作物を作り続けているところへ、いかなければなりません。お会いした小学校の校長先生がおっしゃっていました。「遠くにいて、〝今何が支援物資で必要ですか?〟と聞かれても、何も思い浮かばない。心のケアが必要」と。それは、カウンセラーを派遣するということではなくて、それぞれが他人事としてではなく、心をそわせ福島へいくことが、いちばんの支援になるということではないでしょうか。 

 今回の福島では、地の物をたくさんいただきました。どれもおいしく、「福島どうでした?」と聞かれればすぐに「おいしかった」と答えていました。まさしく、「福島を味わおう」をまるごと堪能したのです。そして、わたしが「おいしかった」といただいたものすべては、あたり前の日常の中にあった絶望と希望から生み出されたものなのです。

 わたしはそれを口にするために、また息子と一緒に福島へいくでしょう。なぜならそれは、とてもおいしいからです。わたしを福島へ連れて行ってくれて、ありがとう。

…「はつき的〝らくなちゅらる〟な生き方」の「続・福島はおいしい」へつづく

【Vol.52】宮古島に行ってみたいのですが、色々と教えてください

質問:
貴社の宮古島プロジェクトをみて、ぜひ宮古島に行ってみたく思います。訪問するにあたり、いろいろ教えてもらえるとありがたいです。(福岡県 A様)

答え:
 宮古島プロジェクトにご興味をいただきましてありがとうございます。現在、無農薬・無肥料野菜の出荷に関して、テスト(お試し)出荷遅延の状態となっていて、とても申し訳なく思っています。

 実は、私が前回訪問し、帰京したあとの10月中旬から宮古島地方は連日のように豪雨に見舞われ、過去に例をみないような雨量となっています。太陽にもほとんど恵まれることなく、今日(12月25日)やっと、曇天とにわか雨の間にほんの少し光が差し込みました。宮古島にお住まいの皆さんに聞きますと「10月以来、久しぶりに太陽の光を見た」とおっしゃるくらい悪天候に見舞われていたようで、タイなどで猛威を振るった絶え間ない大雨が、この地まで北上してきた様子です。宮古島には川がなく、土地も平らで、地盤はサンゴで出来ている水はけのよい土地ですので洪水になるようなことはありませんが、畑という畑は常に冠水するほどのひどさだったようです。野菜出荷プロジェクトを開始した途端、世界レベルでの気候変動を当地でも垣間見ることになってしまいましたが、残念ながらこのような事情で出荷時期を1ヶ月半ほど遅らせ、3月上旬というスケジュールで、再度チャレンジを開始します。

 私も宮古島の冬を今回はじめて体験していますが、おそらく皆さんが想像されている以上に気温は低いです。今回スーパーマーケットに行ってびっくりしたのですが、ダウンジャケットやボア系の寝具がずらりと並んでいました。ホテルや旅館の中ならば寒くて困るということはないと思いますが、外は風が強くてかなり肌寒いです。大人だけのパワースポット巡りならば、冬でもよいかと思いますが、アウトドアを楽しみたい方には海に入れるシーズン(5月~10月中旬)をおすすめします。4月中旬には有名な宮古島トライアスロンが開催されます。梅雨明け直後の6月~7月上旬は特におすすめです。いつ梅雨が明けるかは年ごとに違いますから時期は正確にいえませんが、晴天率が高く、誰にとっても快適で気持ちの良い時期です。当然のことですが、紫外線の強い島ですので、ナチュラルな紫外線対策は事前準備をお願いします。島で安全な雑貨が買える店はほとんどないと思ってください。

 飛行機の座席は、ぜひ窓際をとってください。プロジェクトの紹介でも書いているとおり、この島は珊瑚礁がもちあがってそのまま陸地になった、実に珍しく、山も川もない平たい島です。上空から眺めると、その様子が手に取るようにわかりますから、行き帰りの飛行機からの観察は、実に多くのことを教えてくれるでしょう。

 食事はベジタリアンの方にはかなり厳しいかもしれません。豆腐系のメニューは各店にありますので、肉なしといえば対応してもらえることもあります。また、無農薬の地場農産物が食べられる飲食店は皆無に近く、この点も本プロジェクトで何とかしたいと考えているポイントです。現時点では「津嘉山荘」に事前予約すれば、夜食のみスローな島料理をビジターでも楽しむことが可能です。

 ホテルなどに常備されているシャンプーやボディーソープ、洗剤の類は、一般の合成界面活性剤のものばかりですから、意識の高い方は事前準備と持ち込みをお願いします。近年、本土からの移住者の増加で島の人口は増えているのですが、それに伴ってこの島が汚染されることを私は望みません。島内で手に入るこれらの品は日本国内の地方と同じく、合成品がほとんどです。食事や宿について「ここは○○にこだわっていて最高だった!」という実体験がありましたら、ぜひ私どもにお知らせください。弊社ホームページ上でもご紹介できれば幸いです。

 最後に、「どこをどのように楽しむか」については、ほんとうに自由自在です。観光資源は決して多くないこの島ですが、ご興味ご関心に応じて希有の自然と文化、パワーを感じていただくことができます。本プロジェクトでも将来的にスタディーツアーの企画を予定していますので、ぜひ情報をお寄せください。なお、ページで紹介している川平さんの元にはプロジェクト掲載後、対応の限界を超える個人と企業の訪問が続いているそうです。体制が整うまでは直接の訪問はお控えいただけますと幸いです。

プレマ株式会社の『宮古島プロジェクト
宮古島の自然農法を推進し、島の健全な地下水と珊瑚礁を守り、お客様に安心と安全を届けます。