野村隆哉先生より

【Vol.46】口蹄疫と 鳥インフルエンザのお話(終章)

 暑い日が続きます。6月23日から25日にかけて長野県、新潟県に出掛けました。25日の朝、新潟県の弥彦村を出発した時は気温が17℃、滋賀県の研究所に帰ってきて部屋の温度を見ると40℃でした。早春の日本を発って熱帯の国に着いたようなものです。確実に地球全体の環境がおかしくなりつつあるように感じます。この暑さの中で牛舎や鶏舎に押し込められているウシやニワトリは大変でしょう。

 さて、表題のお話も今回が最終章となります。少しでもこの問題の出口を提示したいと考えたのですが、なかなか見つかりません。前の文部大臣だった川端達夫さんが京都大学・生存圏研究所に大臣命令で特別予算を5年間、年間3千万円で総額1億5千万円付けてくれました。1年目の成果を報告に来てくれた担当教授の話を聞き、暗澹とした気持ちになりました。口蹄疫ウイルスを農林水産省所轄の動物衛生研究所に提供してくれるよう依頼したそうですが断られたとのこと。仕方がないので同じピコルナ属のウイルスで試験を始めたとのことでした。これでは回り道になるばかりか、目的とする口蹄疫撲滅の手段にもなりません。このようなことが税金を使って際限もなく行われているのです。

 今回の東北大震災とこれに伴って発生した原発事故に対する政府、行政の対応、勧善懲悪のリーダーを演ずるマスコミ、人々の善意を食い物にする日本赤十字社、これら全てに係るリーダーシップを問われる責任者たちの存在の耐え難い軽さと沈黙。宮崎県の口蹄疫騒動で見られた同じ事の繰り返し。そこに見られるのは巨大組織の無人格さと責任の転嫁ばかりです。その一方で善意の塊のような人々の右往左往。これだけの大震災になると善意ある真面目な人々の救済活動、ボランティア活動だけでは当座の一時しのぎに終わってしまい、問題は何一つ解決されないまま時と共にうやむやにされ消えてしまうでしょう。

 口蹄疫や鳥インフルエンザでのウシ、ニワトリの問題処理方法と今回の東北大震災における人間に対する処理は対症療法である点が全く同じといえます。色々の装飾、配慮は見せていますが災害にあった弱者の切捨てが進むでしょう。それも時間を掛けて上手に進めるでしょう。ハムラビ法典のように、「目には目、歯には歯」といった単純明快な刑法はわが国には存在しないので原発事故の場合も無責任の罪を過去に遡ってあぶり出し、関係者を罰するということは出来ません。これからは、国民一人ひとりが社会の構成員として明確な自意識を持って社会責任を自覚するような環境を作り出していくしかないようです。

 今回の出来事で、多くの人々はわが国によき優れた指導者が存在しないことをいやというほど知らされたはずです。尊敬と憧憬の的であった東大や京大で代表される有名大学が送り出す卒業生はそのほとんどが無人格な組織の歯車の一部に過ぎないことも分かってきたでしょう。歴史的に見れば、明治維新までの日本人同士の殺し合い、第二次世界大戦での戦争の無残さを経験したがゆえにハムラビ法典を忌避し、平和に暮らしたいと願って今日まで来たのですが、この間、このような人々の願いとは裏腹に中央官僚を中心とする巨大な利権集団が作り出され、政治も意のままに動かし、衆愚政治を作り上げたといえるでしょう。このような無人格な集団には核がありませんから捉えどころがありません。厄介極まりない存在になってしまいました。

 嘆き節で終わってしまいましたが、最後にお願いしておきます。まず、権威、権力、専門家を疑うことから始めてください。知識はパソコンを通してインターネットからいくらでも手に入ります。この知識を自分のものにする作業が大切です。この作業を通してはじめて知恵になります。知恵にならなければ本物を識別できないでしょう。権威、権力、専門家のことばを鵜呑みにするのはもっともおろかな事です。「常を疑う」を基本として思いやりや優しさを根底とした眼力を育ててください。このような心が世の中で支配的になると21世紀への新しい枠組みが自ずと見えてくるでしょう。

野村隆哉

野村隆哉(のむらたかや)氏
元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。
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【Vol.45】口蹄疫と 鳥インフルエンザのお話(その三)

 さて、今回のテーマで書かせて頂くのも後2回。限られた字数でまとめなければならないので専門的な知識は読者の皆さんにウィキペディア等のサイトを利用して頂くことにして、私の役割はこれら家畜・家禽の疾病への人間の対応の仕方を通して「いのちで命を紡ぐ」という生命の基本的問題をもう一度読者の皆さんに考えて頂くきっかけを作ることではないかと思っています。

 プロローグに、「このテーマの解決は、現代の物質文明、科学文明万能の社会が作り出した人間本位主義の暗部と深く関係しているため途方もなく厄介である。」と書きました。その後、色々の専門家と称する人物との直接、間接的な接触の中で「ウシやブタ、ニワトリを殺処分することなく口蹄疫や鳥インフルエンザを止める方法を考え出せないのか。」という一般人が考える素直な疑問に対して彼等は如何なる答えも持っていないことが明確になったばかりか、問題解決のために第三者が提案したものを検討することなく規定の路線で処理することしか考えていないことが分かってきました。まさに「暖簾に腕押し」ですが、この問題に関連する2つの事例を紹介しましょう。

 1つは、私が提案した竹酢液を口蹄疫の予防および治療に使うことに対する専門家の対応です。先の文部大臣が口蹄疫に対する竹酢液の効果について日本学術会議の副議長を務める人物に質問した折の返事です。この人物は、以前東大の獣医学の教授でしたが、その返事の内容を読んで唖然としました。「私は野村先生を存じ上げておりませんが、専門家ではないようです。竹酢液が口蹄疫に効果があるというのは、一種のプラシーボ効果に過ぎません。そのような効果があるのであれば、専門の学会誌で発表され、公知されているはずです。それゆえ、取り上げるに値しないでしょう。」ということでした。

 私の提案は、「竹酢液に含まれる種々の化学成分を総合的、複合的に口蹄疫の病原であるピコルナウイルスに作用させれば効果が出る可能性が高いと予測されるから一度実験してくれませんか。」ということであって、効果があるから使ってみるべきだとは言っていないのです。専門的立場に在る者が問題解決の方法を持たないのであれば、第三者からの提案を真摯に受け止め、その可能性に対する裏付けを科学的に精査した上で結論を出すべきでしょう。私は科学者、研究者であれば、自分が知らない事実があればそれを確認するというのは当然のことと思っていたので、日本の学術、科学技術のリーダーシップを担う日本学術会議の副議長を務める人物からこのような稚気にも劣る返事を受けて愕然とした次第です。

 2つ目は、1つ目の事例よりよりいっそう深刻な問題を突き付けられたことです。行政の縦割りの中で、文部大臣が農林大臣に依頼すら出来ないという現実です。文部省が出来ることは監督官庁として所轄の大学にこの問題を解決するよう指示することです。これは異例のことだそうですが、私の思いを受け入れてくれた先の文部大臣は、京都大学の生存圏研究所に年間3000万円、5年間の予算を付けて口蹄疫に対する竹酢液の研究をするよう命令してくれたのです。担当の教授が1年目の研究成果を持って報告に来てくれたのですが、その研究報告を見てこれまた唖然としました。生存圏研究所が研究を引き受ける旨、所長から報告を受けた時、私が頼んでおいたのは、「手段を目的とした研究をしてはいけない。明確な目的意識を持って進めてくれるように。」ということでした。口蹄疫ウイルスは、独立行政法人の農業・生物系特定産業技術研究機構という政府の研究機関に属する動物衛生研究所でのみ取り扱うことが出来る仕組みになっているため、生存圏研究所では、京大のウイルス研究所と協力して口蹄疫ウイルスと同じピコルナウイルス属に属するが口蹄疫とは関係のないウイルスを使って研究を進めざるを得ないということになってしまいました。研究を始めるにあたって、担当者は動物衛生研究所と折衝したのですが全く協力してくれなかったようです。これでは、当初危惧していた手段を目的とした研究に過ぎなくなります。国家組織の無人格、非人間性を如実に示してくれました。

野村隆哉

野村隆哉(のむらたかや)氏
元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。
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【Vol.44】口蹄疫と 鳥インフルエンザのお話(その二)

さて、前回引用したジェレミー・リフキンの著書にあった「ウシは地球の陸地面積の4分の1で草を食んでいる」という文章の裏付けになる事実を私自身が目の当たりにしたことについて少しお話ししましょう。1984年、ブラジルの竹資源の調査と研究指導のためにサンパウロ大学に1年間滞在していた折、見聞きしたことです。

ブラジルの国土面積はわが国の約22.5倍、人口は1億6千万人で、人口密度(人/平方キロ)は、わが国の5/100という広大な国です。この国の牧畜業は恐るべき杜撰な方法で行われています。放牧地を造るのに巨大なブルドーザー2台で直径1mもある鉄の球を引きながら樹木をなぎ倒し、その後火を点けます。一面焼け野原になったところに草が生えてきたのを見計らってウシを放牧します。飼育は実に粗放で、ウシ1頭当たり必要とする放牧面積は2ヘクタール(6千坪)、100万頭のウシを飼うためには1千万ヘクタール(300億坪)の面積(約100キロ×100キロ)が必要です。これらの数字で想像してみてください。「ウシは地球の陸地面積の4分の1で草を食んでいる」という話を具体的にイメージ出来るでしょう。ブラジルの大牧場主たちは、一辺60キロ(3600平方キロ)に杭を打って6本の鉄線で囲い込めば、その囲い込みの内側を私有できるのです。貧乏人ではとても出来る話ではありません。囲い込みが終わると、その中に住んでいたインディオや農民たちは全て追い払われてしまいます。抵抗すれば、ズウショ(牧童)や私兵によって皆殺しです。昔、アメリカの開拓時代にも同じようなことがインディアンやバファローに対して行われていたのでしょう。インディオの人々は私達日本人と同じ人種ですから、やり場のない憤りで身体が震えたのを鮮烈に思い出します。

ニワトリについても全くおなじことが行われています。京都大学で現役の折、竹炭、竹酢液の利用について色々指導していたのですが、竹酢液の消臭機能をニワトリの糞の消臭に使いたいので現場を見て頂きたいとの要請で、能登半島の山の頂上にある養鶏場を訪ねた折のことです。ニワトリが、生まれてから卵を産めなくなって廃鶏として出されるまで生涯を一羽分だけの狭いケージの中で過ごし、餌を与えられ卵を産み続ける光景は異常です。嘴は給仕の際餌を撒き散らさないように先が切り落とされています。鶏舎は二階建てになっていて、排泄物は一階に落ちるようになっています。そこには高さ2メートルを超える糞の山が出来ていて、たまたまでしょうがそこに落ちたニワトリが糞の山の中で餌を探して歩いているのを見付けました。助けてやらないのかと尋ねたところ、そのままにしておくとのこと。いのちに対する憐憫の情は少しも感じられませんでしたが、当事者はニワトリを生物とは思っていないのでしょう。そのようなことを少しでも考えれば商売が出来なくなるのも現実です。

もう一つ驚いたのは、養鶏場独特の悪臭があまりしなかったことです。訪問の目的が糞の消臭ですから、肩透かしを食ったように感じました。臭いのしない理由は、ニワトリに与えられる大量の抗生物質が原因だったのです。この抗生物質が糞と一緒に排泄され、糞を分解するバクテリアの増殖を抑えていたのです。更に驚いたことは、直径2メートル、高さが3メートル近いコンクリートの円筒の中に山のようにニワトリの死骸が積み上げられていたのですが、これからも死臭がせず、ミイラ化しているのです。カラスは死臭を嗅ぎわけ集まってくるのですが、その上を飛んでいくカラスは見向きもしなかったのです。正に、恐るべき光景でした。このことから推測できるように、大量の抗生物質がニワトリの体内、それにひょっとすると卵にも蓄積されている可能性も考えられます。

廃鶏は鶏肉としていろいろの加工食品に化けて使われているでしょうし、もう一度肥育して鶏肉としても出回っているはずです。採卵作業の過程で殻にひびが入ったり割れたりしたものは、中身を取り出し卵液として専門の加工業者に流れ、市販されている卵焼きや出し巻きの原料に使われます。

私達は、現代の消費文明社会の下、巨大化した物流システムの中でほとんど何も知らされず、知ろうとせず快適な生活を求め続けているのです。今回の原発事故はその象徴的出来事です。重たい話ですが次回もよろしく。

 

野村隆哉

野村隆哉(のむらたかや)氏
元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。
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