さて、今回のテーマで書かせて頂くのも後2回。限られた字数でまとめなければならないので専門的な知識は読者の皆さんにウィキペディア等のサイトを利用して頂くことにして、私の役割はこれら家畜・家禽の疾病への人間の対応の仕方を通して「いのちで命を紡ぐ」という生命の基本的問題をもう一度読者の皆さんに考えて頂くきっかけを作ることではないかと思っています。
プロローグに、「このテーマの解決は、現代の物質文明、科学文明万能の社会が作り出した人間本位主義の暗部と深く関係しているため途方もなく厄介である。」と書きました。その後、色々の専門家と称する人物との直接、間接的な接触の中で「ウシやブタ、ニワトリを殺処分することなく口蹄疫や鳥インフルエンザを止める方法を考え出せないのか。」という一般人が考える素直な疑問に対して彼等は如何なる答えも持っていないことが明確になったばかりか、問題解決のために第三者が提案したものを検討することなく規定の路線で処理することしか考えていないことが分かってきました。まさに「暖簾に腕押し」ですが、この問題に関連する2つの事例を紹介しましょう。
1つは、私が提案した竹酢液を口蹄疫の予防および治療に使うことに対する専門家の対応です。先の文部大臣が口蹄疫に対する竹酢液の効果について日本学術会議の副議長を務める人物に質問した折の返事です。この人物は、以前東大の獣医学の教授でしたが、その返事の内容を読んで唖然としました。「私は野村先生を存じ上げておりませんが、専門家ではないようです。竹酢液が口蹄疫に効果があるというのは、一種のプラシーボ効果に過ぎません。そのような効果があるのであれば、専門の学会誌で発表され、公知されているはずです。それゆえ、取り上げるに値しないでしょう。」ということでした。
私の提案は、「竹酢液に含まれる種々の化学成分を総合的、複合的に口蹄疫の病原であるピコルナウイルスに作用させれば効果が出る可能性が高いと予測されるから一度実験してくれませんか。」ということであって、効果があるから使ってみるべきだとは言っていないのです。専門的立場に在る者が問題解決の方法を持たないのであれば、第三者からの提案を真摯に受け止め、その可能性に対する裏付けを科学的に精査した上で結論を出すべきでしょう。私は科学者、研究者であれば、自分が知らない事実があればそれを確認するというのは当然のことと思っていたので、日本の学術、科学技術のリーダーシップを担う日本学術会議の副議長を務める人物からこのような稚気にも劣る返事を受けて愕然とした次第です。
2つ目は、1つ目の事例よりよりいっそう深刻な問題を突き付けられたことです。行政の縦割りの中で、文部大臣が農林大臣に依頼すら出来ないという現実です。文部省が出来ることは監督官庁として所轄の大学にこの問題を解決するよう指示することです。これは異例のことだそうですが、私の思いを受け入れてくれた先の文部大臣は、京都大学の生存圏研究所に年間3000万円、5年間の予算を付けて口蹄疫に対する竹酢液の研究をするよう命令してくれたのです。担当の教授が1年目の研究成果を持って報告に来てくれたのですが、その研究報告を見てこれまた唖然としました。生存圏研究所が研究を引き受ける旨、所長から報告を受けた時、私が頼んでおいたのは、「手段を目的とした研究をしてはいけない。明確な目的意識を持って進めてくれるように。」ということでした。口蹄疫ウイルスは、独立行政法人の農業・生物系特定産業技術研究機構という政府の研究機関に属する動物衛生研究所でのみ取り扱うことが出来る仕組みになっているため、生存圏研究所では、京大のウイルス研究所と協力して口蹄疫ウイルスと同じピコルナウイルス属に属するが口蹄疫とは関係のないウイルスを使って研究を進めざるを得ないということになってしまいました。研究を始めるにあたって、担当者は動物衛生研究所と折衝したのですが全く協力してくれなかったようです。これでは、当初危惧していた手段を目的とした研究に過ぎなくなります。国家組織の無人格、非人間性を如実に示してくれました。
野村隆哉
野村隆哉(のむらたかや)氏 元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。 |