暑い日が続きます。6月23日から25日にかけて長野県、新潟県に出掛けました。25日の朝、新潟県の弥彦村を出発した時は気温が17℃、滋賀県の研究所に帰ってきて部屋の温度を見ると40℃でした。早春の日本を発って熱帯の国に着いたようなものです。確実に地球全体の環境がおかしくなりつつあるように感じます。この暑さの中で牛舎や鶏舎に押し込められているウシやニワトリは大変でしょう。
さて、表題のお話も今回が最終章となります。少しでもこの問題の出口を提示したいと考えたのですが、なかなか見つかりません。前の文部大臣だった川端達夫さんが京都大学・生存圏研究所に大臣命令で特別予算を5年間、年間3千万円で総額1億5千万円付けてくれました。1年目の成果を報告に来てくれた担当教授の話を聞き、暗澹とした気持ちになりました。口蹄疫ウイルスを農林水産省所轄の動物衛生研究所に提供してくれるよう依頼したそうですが断られたとのこと。仕方がないので同じピコルナ属のウイルスで試験を始めたとのことでした。これでは回り道になるばかりか、目的とする口蹄疫撲滅の手段にもなりません。このようなことが税金を使って際限もなく行われているのです。
今回の東北大震災とこれに伴って発生した原発事故に対する政府、行政の対応、勧善懲悪のリーダーを演ずるマスコミ、人々の善意を食い物にする日本赤十字社、これら全てに係るリーダーシップを問われる責任者たちの存在の耐え難い軽さと沈黙。宮崎県の口蹄疫騒動で見られた同じ事の繰り返し。そこに見られるのは巨大組織の無人格さと責任の転嫁ばかりです。その一方で善意の塊のような人々の右往左往。これだけの大震災になると善意ある真面目な人々の救済活動、ボランティア活動だけでは当座の一時しのぎに終わってしまい、問題は何一つ解決されないまま時と共にうやむやにされ消えてしまうでしょう。
口蹄疫や鳥インフルエンザでのウシ、ニワトリの問題処理方法と今回の東北大震災における人間に対する処理は対症療法である点が全く同じといえます。色々の装飾、配慮は見せていますが災害にあった弱者の切捨てが進むでしょう。それも時間を掛けて上手に進めるでしょう。ハムラビ法典のように、「目には目、歯には歯」といった単純明快な刑法はわが国には存在しないので原発事故の場合も無責任の罪を過去に遡ってあぶり出し、関係者を罰するということは出来ません。これからは、国民一人ひとりが社会の構成員として明確な自意識を持って社会責任を自覚するような環境を作り出していくしかないようです。
今回の出来事で、多くの人々はわが国によき優れた指導者が存在しないことをいやというほど知らされたはずです。尊敬と憧憬の的であった東大や京大で代表される有名大学が送り出す卒業生はそのほとんどが無人格な組織の歯車の一部に過ぎないことも分かってきたでしょう。歴史的に見れば、明治維新までの日本人同士の殺し合い、第二次世界大戦での戦争の無残さを経験したがゆえにハムラビ法典を忌避し、平和に暮らしたいと願って今日まで来たのですが、この間、このような人々の願いとは裏腹に中央官僚を中心とする巨大な利権集団が作り出され、政治も意のままに動かし、衆愚政治を作り上げたといえるでしょう。このような無人格な集団には核がありませんから捉えどころがありません。厄介極まりない存在になってしまいました。
嘆き節で終わってしまいましたが、最後にお願いしておきます。まず、権威、権力、専門家を疑うことから始めてください。知識はパソコンを通してインターネットからいくらでも手に入ります。この知識を自分のものにする作業が大切です。この作業を通してはじめて知恵になります。知恵にならなければ本物を識別できないでしょう。権威、権力、専門家のことばを鵜呑みにするのはもっともおろかな事です。「常を疑う」を基本として思いやりや優しさを根底とした眼力を育ててください。このような心が世の中で支配的になると21世紀への新しい枠組みが自ずと見えてくるでしょう。
野村隆哉
野村隆哉(のむらたかや)氏 元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。 |