私たちが食べている野菜に使われている「農薬」って、そんなに悪いものなのでしょうか?
もし悪いものだとしたら、なぜ一般的に使われているのでしょうか?
店では安全なものしか売られていないと思っていました。
(「有機栽培」に興味を持ちはじめた主婦)
A.薬もすぎれば毒。産業の進歩や化学肥料とも関係
答える人 岸江 治次
農薬は農産物を作るにあたり「できるだけ簡単」に「収穫量を上げる」ために、国が使用を認めているものです。
主な農薬としては、作物に虫が寄るのを防ぐ殺虫剤、作物が菌に感染するのを防ぐ殺菌剤、雑草に養分を取られないよう取り除く除草剤があります。
さらに、作物の成長を促す成長調整剤もあります。
害虫を駆除する天敵である益虫も、生き物ではありますが、農薬に指定されているものもあります。
昔から農業は過酷な仕事で、人の手で雑草を取り除くとなるとかなりの労力が必要です。
しかし除草剤を使うことで、すごく楽になるわけです。
また、殺虫剤や殺菌剤を使わないと、収穫量が大幅に減るといわれます。
たとえばお米は、約3割収穫量が減る、桃は100%虫に食べられてしまうなどのデータがあり、収穫量を上げるために農薬は絶対必要なものだということで、国が安全性を決めて使用を認めているのです。
それは農薬の一面に過ぎません。
良い面があれば悪い面もあります。
もともと農薬は、戦時中に開発された毒ガスを転用したものです。
本来は農「薬」ではなく農「毒」といえます。
ただ、農毒だと使うのに抵抗があるので、農薬と名づけられたようです。
農薬がこれほど一般的なったのには、大きな背景があります。
それはイギリスの産業革命です。
それまでは田畑を耕すのに牛や馬を使っていました。
牛や馬は糞尿をします。
糞尿が貯まると堆肥ができます。
これが土に栄養を与え、土の力が強まり、作物の成長も良くなります。
ところが産業革命以後、牛や馬に代わってトラクターなどの機械を使うようになりました。
当然堆肥ができないので、土に栄養分が与えられず、作物の収穫が減ってしまいます。
そこで考え出されたのが、窒素・リン酸・カリなどの化学肥料です。
ところが化学肥料を使うと作物がなぜか弱くなり、虫がつきやすくなります。
そこで仕方なく殺菌剤や殺虫剤を使うことになる。
土地に力がなくなったので化学肥料を使い、それによってさらに土地の力が失われ、作物がひ弱になって、虫が寄ってきて、それを殺すために農薬を使う。
最近話題になってきた自然栽培は、土地の力を活かす方法ですが、そもそも農業はそういうものだったのです。
それが、文明の進歩、産業の発展と共に変化したということです。
「農毒」として象徴的な話がふたつあります。
ひとつは、1961年三重県で起こった毒ブドウ酒事件です。
公民会で開かれた村の懇親会で、ブドウ酒に毒が入れられ5人が亡くなった事件で、このとき使われた毒が、農薬です。
事件の受刑者が何度も再審請求をしたことで有名になりました。
もうひとつは、1962年にアメリカで出版された書籍、『沈黙の春』(著:レイチェル・カーソン)です。
春は本来、植物が芽吹き、虫が集まって、虫を食べる鳥もやってきて、森や林がにぎやかになる時です。
しかしこの本では、農薬によって虫がいなくなり、鳥が病気になり、賑わいをなくした静かな春が描かれています。
この本が出版されたころから、農薬の危険性が知られるようになり、日本でも10年ほど後に、農薬の安全性の検査が整備されました。
特に体に即影響がある急性毒性については、基準が相当厳しくなっています。
一方で問題なのが、慢性毒性です。
これはいわゆる「ただちに健康に影響はありません」というもの。
その影響はすぐには表れませんが、いつかは確実に表れます。
100人に1人なのか1,000人に1人なのかわかりませんが、濃度に関係なく、必ず誰かが病気になるのが慢性毒性です。
慢性毒性に関する調査は簡単ではありません。
しかも、登録されている農薬には4,000以上の種類があり、そのすべてについて慢性毒性の検査をおこなっているわけではありません。
最近は自然栽培やオーガニックへのニーズが高まってはいますが、直接は目に見えない農薬の害に気づける人はまだ少ないと思います。
農薬を使うことで、確かに農業が楽になるというメリットはあります。
しかしその反面、隠されているデメリットについて知ることも必要ではないでしょうか。