累計122万件出荷!自然食品・自然療法・エコロジー・らくなちゅらる提案サイト

スタッフのつぶやき

プレマのスタッフのことを知っていただきそのスタッフ愛用の商品を紹介していきます

後悔のないように WEB 制作チーム 松本 春菜

投稿日:

私の二人の祖母のお話です。
母方の祖母のかやこばあちゃんは、5人の子どもを育てました。
長女は教師、長男は実家の後継、次女は訪問看護ステーションを立ち上げ、私の母である三女は看護師、四女はロックミュージシャンと個性豊かな兄弟です。
その頂点に立つ祖母は"普通のばあちゃん"とは少し違いました。
私はこの祖母に甘えた記憶がありません。
祖母の家に預けられても、自分でご飯をよそってお茶漬けばかり食べていました。

父方の祖母のゆりこばあちゃんは、いつも私の好きな料理を作って玄関で迎えてくれ、私を抱きしめては「今日は泊まっていくやろ?」と聞いてくれます。
祖母は小さい私に「ばあちゃんには娘がいないから、春菜が孫娘でうれしい。
何かあったときは助けてね」と言ってくれます。
私は素直に「うん!」と元気よく返事をしていましたが、これが後に私を苦しめることになるのです。

私は共働きだった両親と、この両極端の祖母たちに育てられました。
しかし、次第に「かやこばあちゃんは私のこと嫌いなんかな?」と思うようになり、あまり寄りつかなくなっていました。
私の妊娠がわかった高校3年生の秋、久しぶりにかやこばあちゃんと会って「そろそろひい婆ちゃんになるね」と言うと、「ひ孫なんかいらん!」と怒鳴られたのです。
このときのショックで、ますます寄りつかなくなった矢先のことです。
かやこばあちゃんが突然倒れ、手術後、顔は麻痺して変形し、話すことも、食事をすることもできず、寝たきりになりました。

高校を卒業して母から聞かされたのは、ゆりこばあちゃんは私の面倒を見る代わりに、母にお金を要求していたこと。
そして、かやこばあちゃんはそのお金を母に渡し、私がアメリカに留学したいと言っていたことを真剣に受け止めてお金を工面している最中でした。
「ひ孫なんかいらん」と言った理由はそこにあったのです。
母は「ゆりこばあちゃんも春菜を大事にしてくれてたし、あんたも大好きやったから言えなかった」と。
すべて私のためだったとわかり、その後の介護には私も参加するようになりました。
それから7年後、かやこばあちゃんは亡くなり、今はゆりこばあちゃんの介護が始まっています。
幼少期に「助けてね」と言われ続けた言葉が私を縛っていると感じる反面、後悔したくない気持ちも強くあります。

私は子どもたちや周りの人への思いを言葉にしながら、今を生きていきたい。
後悔のないように"生きる"とはなんなのか? を考えています。

今の自分にできることから支えていきたい

少しずつ食べることが難しくなってきているゆりこばあちゃん。
毎日一緒にいることができないので、元気おとなの素をプレゼントしました。
以前、骨折して肩にボルトを入れる手術が必要と診断された方に元気おとなの素を渡したところ、手術をしなくても済んだそうです。
あのとき、こうしていればと後悔しないためにも、今の自分にできることから支えていきたいです。

 

WEB 制作チーム 松本 春菜(まつもと はるな)

2 児の男子小学生を育てるシングルマザー。来年、中学生になる長男に反抗期が……。でも負けない! 愛情たっぷりのほっぺにチューは毎日欠かしません。もうそろそろあかんかな? 子どもの成長は楽しくもあり、寂しくもあるんですね。

今の自分にできることから支えていきたい

少しずつ食べることが難しくなってきているゆりこばあちゃん。
毎日一緒にいることができないので、元気おとなの素をプレゼントしました。
以前、骨折して肩にボルトを入れる手術が必要と診断された方に元気おとなの素を渡したところ、
手術をしなくても済んだそうです。
あのとき、こうしていればと後悔しないためにも、
今の自分にできることから支えていきたいです。

元気おとなの素を見てみる>>

後悔のないように WEB 制作チーム 松本 春菜

- スタッフのつぶやき - 2018年12月発刊 vol.135

今月の記事

びんちょうたんコム

累計122万件出荷!自然食品、健康食品、スキンケア、エコロジー雑貨、健康雑貨などのほんもの商品を取りそろえております。

びんちょうたんコム 通販サイトへ