デッサン教室に通い始めて約一年。きっかけは友人の思いつきだった。「楽しく描くのもいいけれど、アカデミックな方向に振って、デッサンをやってみるのもありかも?」たしかに、私は美術の学校を出ているわけでもなければ、デッサンをちゃんと学んだこともない。それなのにグラフィックデザインの仕事をしていることに、ずっと劣等感があったことが頭をよぎった。
趣味で描いている絵は、楽しく描けばそれでいい。ただ、頭に浮かんだイメージをさらさらと上手く描けるようなスキルはない。デッサン力があれば、もっと楽しく描けるかも。そうした期待も重なり、デッサン教室に通うことにした。
まずは、鉛筆の削り方から。それに2時間。それから直線を描く。説得力のある直線が引けるようになるには、まだまだかかりそうだ。デザインソフトを使えば一瞬でできる楕円の練習には5時間。楕円を美しいと感じるようになった。
実際にモチーフを描くためには、まずはとにかく観察することから始まる。形、空間、光と影の関係——日常のなかにただ存在しているものの本当の姿を捉える。デッサンの目的は、絵が上手くなることではなく、観察する力、捉える力を養うことらしい(結果、絵も上手くなる)これがなかなかに難しい。当然、紙の上に再現するのはもっと難しい。「やり直すことを恐れるな」という指導通り、消しては描くを繰り返し、つじつまを合わせていく。そして質感や陰影、遠近を現実に近づけていく。一体いつになったら完成するのかと途方に暮れるが、ふと、ゴールが見える瞬間があり(とても気持ちがいい!)、それを越えるとたいてい先生のOKが出る。
しかしながら、デッサンそのものも、デザインや絵についても、まだ劇的な変化を実感できているわけではない。それでも気づいたこともある。デッサンを通して得られるスキルの一部は、デザインの仕事という実践のなかで自然と身についてきたのではないかということだ。デザインするうえで構図を考え、視線の誘導を意識することは、デッサンの要素と通じる部分が多い。絵を描くことについても同じだ。このことに気づけたことは大きな収穫だった。劣等感を持つ必要はないと思えた。
とはいえ、デッサンを学ぶことにはやはり意味がある。頭に浮かんだイメージを納得のいく形でアウトプットするための手段として、絶対に必要なスキルであることは間違いない。まだ道半ばではあるが、続けることできっと新しい視点や表現の可能性が広がるはず。変化を実感できる日がくることを期待しながら、これからも向き合い続けたい。
グラフィックデザイナー
矢田 香織(やた かおり)
パッケージやポスター、リーフレットなどのデザインのほか、写真撮影を担当。『らくなちゅらる通信』編集部所属。中高生のころ吹奏楽部で吹いていたフルートを吹くことが最近の楽しみ。