私には、何十年も忘れていたのにも関わらず、最近突然思い出したことがあります。
それは、私が事務系のスタッフにジェラートについてなにかを伝えていたときのことでした。具体的になんの話だったのか記憶は定かではありませんが、ジェラートのレシピの考案や、かつて誰もやったことがないであろう食品設計の方向性を考えるときにどうしているか、という話だったかと思います。「それは、○○と○○を織るんですよ。縦糸には○と×、横糸には□と△、この糸の引きが強かったり弱かったりすると、全部狂ってしまうので、なにをどうするかよりも力加減のほうがよほど大事……」という思いもよらぬ答えが口をついて出てきたのです。
自分で話したあとに、なんであんなことを言ったんだろうとしばらく気になりました。私には織物の経験はありません。強いて言えば、子どものころ、友達の女の子に毛糸の織機をちょっと使わせてもらったくらいです。ただ、私は生まれも育ちも京都の西陣と呼ばれる織物の名産地で、小学校の友人宅は織機(しょっき)がリズミカルに生地を織り出す音と姿が響く街にありました。また、私が生まれるずいぶん前に死んでしまった祖父は超一流の帯職人であり、昭和初期に袋帯という帯のスタイルを考え出した張本人だと聞いています(この真偽は不明ですが、袋帯は西陣織の歴史のなかでももっとも新しい斬新なスタイルのようです)。ものすごい腕前だったのに、先祖が着物産業で残した財産をすべてお酒に変えて飲み干してしまった、だからうちにはなにもないと、祖母や養母、生母から恨み節を何度も聞かされたことを思い出しました。
次の瞬間、はたと思い至りました。私は、今、なぜかこのような商いをしているけれど、あまりビジネスそのものには向いていないという自覚が常にあります。一応、株式投資や外為投資もやったことがあるのですが、いずれも儲かるどころかいつでも大損です。ただ、現物にはめっぽう強く、身の丈にあった小物の不動産や貴金属の相場では、一度も損をしたことがありません。特に不動産の場合には、買ったぼろ家やぼろ部屋を私が手をかけてリノベーションすると、必ず買いたいという人が現れて高く買っていくのです。ただ、これら現物が証券になった瞬間に、私は単なるダメ男、最近では「私が株は上がると言ったら下がる、下がると言ったら上がるから、絶対に言うことを信じてはいけない」と念押しするくらいダメです。
つまり、私のDNAに深く刻み込まれているのは職人魂のようなものであり、現物が目の前にあれば百人力ですが、単なる概念だけで紙一枚、データだけみたいなものには、私という存在自体が百害あって一理なし、なのです。素材がそこにありさえすればなんにでもすることができ、また誰も考えつかない組み合わせと織り具合でまったく新しいなにかを作り出すことができる得体の知れない自信が常にあるのですが、架空の世界ではなんの役にも立ちません。なぜ食べ物の話をしているときに織物の話が降りてきたのか、これはどうも、血のなせる技のようです。
人の息吹が感じられること
リノベーションの話をしましたが、私のなかでそこに本来いるべき人が具体的にイメージでき、その人が喜んでいることが想像される環境と素材があれば、無限の想像力が湧き出すようです。かたや、自分が損した、得したとか、マーケットがどうとか、なんとか平均法だとか、そういうリアリティーのない感覚では、どれだけ勉強して知識を増やしてもなにも出てこないどころか、すべての感覚が閉じてしまいます。インターネットではラクして稼ぐ方法を教える高額教材がよく売れ、教える人は有名になり、どれだけ充実した人生かを教えています。
あいにく、私にはそのセンスはなく、むしろ誰か一人でも心から喜んでくれるのならそれで満足、と思えます。祖父もまた、そのような気持ちで帯を織り、新しいスタイルを生み出し、着る人の人生に錦を飾らせようとして生きていたのではないでしょうか。自分は酒で体を壊し、若くして他界してしまったようですが、それはそれで充実した、悔いのない人生だったのだと思います。
捨てることはいいことか
身の回りをミニマムにして、重荷を避けてとにかく身軽にしてしまえば人生が充実するという教えが大流行しています。しかし、私には大量の在庫を動かす倉庫、あちこちの店、手がけているリノベ物件、管理するべきスタッフのパソコンから機器類まで、捨てられないものがたくさんあります。なにより家族もスタッフも、私の大切な存在ですから、私の近くにいると決めた人にはなんらかをもって報いたいですし、日本や世界に大切なお客様がいらっしゃいます。
時折投げ出したくなる衝動もありますが、私はこれでいいのです。捨てさえすればいいという呪縛からも自由になり、自らの素性や特性を思い出そうとすることもまた大切です。絡んだ糸、失敗した形状もまた、次のイノベーションの源泉そのものになり得るのです。