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インタビュー取材しました。

【Vol.89】セミナーレポート 仏画で観じる、心の対話 第1回 蛙のお話

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昨年11月29 日、仏画師・安井妙洋さんによるセミナーが行われました。テーマはプレマのキャラクター「ジョンくん」でもおなじみの「蛙」。お話の一部をご紹介します。

蛙は「無事かえる」の縁起物

 「参加者全員が気持のいい自分自身を、自分の力で感じられる2日間になりますように」これぞ日本晴れ!という快晴の中、くっきりとその美しい姿を見せている富士山に願いを込めながら、箱根の会場へ向かいました。3年目となるこのワークショップは、Hari氏を先生として迎え、2日間で自分のカラダを使って自分のこころのバランスを調えるテクニックを体験する場です。
 一体どんな難しいテクニック? と思われるかもしれませんが、やることは、とてもシンプルです。ポーズをとって、必要な動きと呼吸を続け、瞑想をする。文章にすれば、これだけのことですが、シンプルがゆえに、このワークショップは、あまり多くの言葉を挟まず進みます。頭で考えすぎないこと、とにかくやってみて感じる経験をすることがそもそもこのテクニックのベースにあるためですが、これが、私も含め多くの日本人にはいきなり? となるのです。例えば、この歌を歌うと気分が良くなりますので、一切の練習も事前情報もなく、突然この歌を歌ってください、と言われる感じです。
 今年もこの状況がやってきました。レッスン中、それってどういう意味?正しく出来ているかしら? 参加者の皆様の頭から時々クエスチョンマークや失敗への怖れが浮かんでいるのが見えてきます。
 Hari氏は日本で初めてセッションしたときから、「日本人のストレスの大きさは、想像以上だ。頭だけを使い過ぎだよ。バランスが崩れているね」と言っています。私は、そんなバランスの崩れた典型的日本人として、(主催者ですし、)疑問に応えてあげて欲しい、そんな強い欲求に今年も襲われながらも、「自分が体験して答えを導きだすからこそ感じられる何かがあるのだから、何より今はそのための場なのだから、ただ、それを待とう」と決めました。とはいえ、瞑想中の私の頭の中では、なんでこんなにきついんだろう?いつまで続くんだろ?みんなはどうしてるかな?と、止まぬおしゃべりが繰り返されていました。それでも、ふとこのおしゃべりが止む瞬間、自分の中にやすらかな瞬間が訪れます。ああ、そうそう、この瞬間だ。気持ちいい。
 2日目、夜明け前の瞑想から日が昇り、明るくなった会場で、参加者の皆様のお顔がはっきりと見えたとき、前日よりもずっとスッキリしていらっしゃることに気がつきました。
 そして私は皆様のおかげで、3年目にして、改めて確信しました。完璧でなくてもいい。疑問があってもいい。汚れが生じたっていい。誰もが自分で自分に簡単にできることで、ピュアな自分に戻ることができる。「自分のカラダで、こころを調えるってもしかしてこういうことか!」という手がかりが、気持ちよさとともに確かに皆さんの中に残されていますように。
 一緒の時間を過ごした参加者の皆様、素晴らしい時間をありがとうございました。

「気」を操る神秘的なヒキガエル

 蛙のなかでもヒキガエルは、「物事を引き入れる」とされ、「気」を吹きかけ吸い寄せるともいわれています。「気」は霊魂のことを意味し、霊魂を出したり入れたりできると思われていたようです。また、ヒキガエルの皮は硬くて丈夫なので、財布を作るのにも適しています。「気」を吸い寄せるので、お金も吸い寄せるとも考えられたのでしょう。ヒキガエルは「ガマガエル」と呼ばれることもありますが、財布などの袋物の口金をガマガエルの口に見たてて、「がま口」とも呼びますね。
 「ガマの油」もよく知られています。「ガマの油」とは、ガマガエルからとれる油で、しもやけ、やけど、虫歯など、何でもよく効く万能薬として江戸時代に用いられ、刃物に塗れば切れ味もよくなるといううたい文句もありました。
 本物の「ガマの油」は、常陸の国、筑波山の山中深くから取ってきたガマガエルを、鏡で囲んで油汗をかかせ、それを集めたものといわれています。ガマガエルは鏡で自分の醜い姿を見て驚き、油汗をかくのだそうです。前足が4本指、後ろ足が6本指の「四六のガマ」を、霊力があるとして用いるということです。ガマガエルの指は本来5本ですが、前足の親指は骨のでっぱりのようになって指とわかりにくいために4本に、後ろ足にはコブのようなものがあり、それを指に見立てて6本にした、ということです。

中国のガマガエル信仰
 中国では、ガマガエルは1000年生きるという言い伝えもあります。1000 年生きたものには角があるそうで、山をも動かす力があると考えられています。そしてそのガマガエルを食べると仙人になれるという言い伝えもあります。
 そうした言い伝えからも、中国ではガマガエルには毒があるとされています。中国でいう五毒とは、ガマガエル、ヘビ、ムカデ、トカゲ、サソリです。5月5日の端午の節句に、門に五毒の図と鍾馗様(魔除けの神)を一緒に掲げる風習もあります。5月5日は陽数(陰陽の考え方では奇数を陽数とする)が重なる日で、さらにたすと10という満数になって陽気が強く陰陽のバランスが崩れ、毒気が増す日と考えられています。実際に疫病なども流行しやすい時期だったようです。

仏画に描かれる月と蛙
 中国では、ヒキガエルは、ウサギと一緒に月に住んでいるという言い伝えもあります。ヒキガエルは、月の別名ともされています。2000年前のパオ族の貴婦人のお墓には、太陽にカラス、月にウサギと蛙の絵が描かれており、これには「人は死んでも生き返る」という古代人の考え方が表されているそうです。月は欠けては満ちることから不老不死を表しますが、蛙も一度冬眠して再び目覚めることから死からの復活を表しています。
 また吉祥画ではよく蛤を描きますが、蛙やウサギも大事なモチーフです。仏画では月を描くときには必ず、仙女と桂の木、蛙とウサギを一緒に描きます。そうした決まり事があるのが、仏画のおもしろさです。月の中に描く蛙は前足が2本、後ろ足を1本にします。3本足の蛙は霊力をもち、「福ガエル」といわれています。3 は陽数(奇数)であり縁起がいいのです。本来蛙の足は4本ですが、4 は陰数(偶数)で、陽数の3のほうが上位とされました。日本サッカー協会のトレードマークとしても知られている八咫烏も3本足で描かれますが、こうした聖なる動物の足の数は、仏画の中では時代によって3本になったり4本になったりと変化しています。

神の使者としての蛙 捧げものとしての蛙
 蛙のすみかは水田ですが、蛙は田の神の使者ともとらえられています。案山子はもともと、田に豊穣をもたらす神様が山から降りてきた際のよりどころでした。秋には「案山子揚げ」というお祭りもあり、神様に感謝を込めておもちをつき、ごちそうを捧げる地域もあります。お祭りはちょうど蛙が鳴かなくなる季節なので、捧げものは蛙が山に持って帰るとも考えられているようです。
 また、ヘビ信仰のある神社では蛙が必ずといっていいほど登場します。たとえば長野県の諏訪大社は龍神信仰、つまりヘビ信仰なので、ヘビの好物の蛙を捧げます。元旦に蛙狩(かわずがり)の神事があり、御手洗川の氷を割って蛙を2匹とり、串に刺して生け贄とします。1月の寒い時期に蛙が取れるのも不思議なことで、諏訪大社の七不思議のひとつといわれています。伊勢の二見興玉(ふたみおきたま)神社も龍神信仰です。境内には、大小様々な蛙の彫像が置かれていますが、神様に蛙を献上するという意味が込められています。
 さて、蛙の話をいろいろとして参りましたが、蛙というのは、薬になったり、信仰の対象となり豊穣をもたらしたり、毒ととらえられたり、神様の捧げ物となったり、いろいろな役割があります。どこかで蛙の絵や置物に出会ったら、その裏側に隠されたストーリーに思いをはせてみてはいかがでしょうか。

文:らくなちゅらる通信編集部

講師:安井 妙洋(やすい みょうよう)
仏画師。1984 年より真鍋俊照氏に仏画の基礎・理論を学ぶ。東北大震災後は東北の人々に仏画を描く援助を始める。
仏画教室での活動とともに、北インド・ラダック地域の支援活動も精力的に行っている。

- 特集 - 2015年2月発刊 Vol.89

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