やさしい甘みで、噛むほどにおいしい茎工房の「なちゅらるクッキー」。子どもだけでなく、あらゆる世代に愛され、プレマシャンティRでも人気のお菓子です。茎工房を運営するエムケイアンドアソシエイツ・犬飼社長は、元アパレルデザイナーという異色の経歴の持ち主。「衣」と「食」を取り巻く問題に触れながら、その転身の理由を語ってくださいました。

「無添加の国産原料を使うことで、日本の食料自給率を上げたい。お米やハーブを使ったお菓子にも興味があります」と、いまも商品企画やパッケージデザイン、受注対応にと充実の日々を送る犬飼さん（左）。大道典子さん（右）はパティシエで工房長。レシピ作りや工房全体の管理を担う頼れる相棒！

無地のTシャツに自分でイラストを描いたり、塗り絵の線画のない箇所にも色を付けたり……。幼いの頃の私は、絵を描くことに夢中でした。高校３年で進路を考える際には、おのずと希望はデザインの世界に。とくにファッションに興味を持ち、専門学校に進もうと決めます。

しかし、シンディ・クロフォードが出演するアクション映画を観て、私の考えが変わります。タンクトップとジーンズのシンプルな出で立ちで躍動する彼女が、本当にカッコよくて……。「人間は服装では決まらない。内面、生き様が大切なんだ」。すっかり彼女に感銘を受け、武者修行すべく、オーストラリアへワーキングホリデーに向かいます。

しかし、シドニーの街でも、お店で洋服を物色する自分がいました。ファッション業界へ進む夢は捨てきれず、帰国してからアパレルの販売員になります。その後は順調に、念願のデザイナー職に就くことができ、最初のうちは、とにかく自分が考えた服が、世で販売されることが嬉しくて、舞い上がっていました。しかし時間が経つにつれ、業界が抱える、構造的な問題を実感するようになります。ファストファッションの台頭や、製造拠点の海外移転などで、日本のアパレル産業全体が、国際競争に晒され始めた時代でした。

「これだけ単価が下がったら、息子に仕事を継がせられないよ」。国内にある製縫工場や染物屋さんの悲痛な叫びを耳にします。また私たちデザイナーも、外見も着心地もいい服を作ろうとすればするほど、上司や経営陣から渋い顔をされるようになりました。製造コストが上がってしまうからです。

この逆境のなかで、日本のアパレル産業を、その裾野まで守れないだろうか。どちらかといえば直感型で、あまり悩まない私が、めずらしく立ち止まって考え込みます。しかし服づくりには、あまりに多くの人が関わっているため、私ひとりの力ではどうにもなりません。

「食の仕事、お菓子づくりを通してなら、私ひとりでも日本の生産者を守れるはず」。直感で、そう思いました。日本の食料自給率の低下や、生産能力の低い中小の農家さんの苦境など、アパレル業界に限らず、食の分野でも、その困難が報じられていました。

２００９年、私は東京・南青山にハンドメイドのアイシングクッキー専門店「SweetsHOLIC」を開業します。なるべく国産で無添加の材料を使用し、クッキーの表面にはキャラクターや自分の好きな服の絵を描いて販売しました。

また退職の理由には、ワークライフバランスを改めたい、との思いもありました。当時のデザイナーは、朝出勤して、深夜の帰宅も当たり前。私も食生活が荒れて、睡眠時間もあまり取れない状況でした。「30歳でこの生活では、出産も子育ても難しいかもしれない」。すべてを解決するための転身のはずでした。

しかし、ひとりでクッキーの製造から販売まで担ったために、結局は元の木阿弥でした。有り難いことに、アイシングクッキー専門店の先駆けとして名が知られました。しかし作っても作っても追いつかなくなって、自宅にも帰れず、深夜は厨房に段ボールを敷いて眠る日々が続きます。「私、本当に起業して正解だったの？」との思いも頭を過りました。

あの頃は、とにかく疲労困憊の毎日でしたが、でも仕事は楽しく、充実感がありました。女性の社会進出が活発になった時代。「これから夜遅くまで、残業なんですよ～」と、疲れた顔で来店する女性のお客様も多かったのですが、色彩鮮やかなアイシングクッキーを選ぶときは、瞳がキラキラしているんです。人がワクワクしているのを見ると、当時の私は疲れも吹っ飛んでしまうのでした。

月日が流れ、エムケイアンドアソシエイツの事業に関わるようになったのは、昨年７月から。もとは３人の女性で立ち上げたお菓子の工房でしたが、ちょうど事業継承のタイミングを探しておられた時期で、東京商工会議所にマッチングしていただきました。卵・乳製品不使用の「なちゅらるクッキー」を食べたとき、「なんて、素朴でおいしいの～」と感動しました。家庭で手づくりしたような安心感が身体にしみたんです。

いま私は、商品企画やデザインなどの得意分野を生かして、この会社を経営しています。また子どもを授かった後は、以前ほど仕事に追い回されることも少なくなりました。でも忙しいときほど、身体にやさしい甘さが必要だと思うんです。ぜひ「なちゅらるクッキー」をおともにどうぞ。私も、20代の頃の私に、このクッキーを教えてあげたいんです。

そして子育てから学んだことも生かしていきたいと思っています。子どもたちの未来に少しでもよい環境が残せるように、会社としていかなる活動ができるのか。当社の創業時から変わらない「自然が美味しい！」の考えを守り育てながらチャレンジを繰り返し、1人の人間として母として、誇れる生き方を模索していきたいと思います。