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小さな農と天職と新しい未来と

テーマを絞る勇気

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 早いもので「半農半X(エックス=天職)」という生き方を提唱して20年余。「石の上にも3年」を超え、10年、20年と歩み続けていくと見えてくることもたくさんあります。その間の苦労を尋ねられることもありますが、常に追い風だったと感じています。その理由は何か。それは時代が厳しくなれば、おのずと半農半Xの方向を人は求めると思うからです。

 拙著を手に取ってくれた若人が京都の綾部までやってきてくれることも多いのですが、あるとき20代の青年が私にこんなことを尋ねました。「世界はこんなに広いのに、可能性がいっぱいあるのに、農と天職に絞るという半農半Xでは、可能性を制限しすぎではありませんか?」。私の回答は、いつもこんな感じです。「世界は広すぎるので、すべてを追い求めたりすると、浅いまま人生が終わってしまいます。絞り込むからこそ、深い世界に行けます。それは、バミューダ海溝より深いですよ」と。

 この原稿を書きながら、気づいたことがあります。絞り込んだ生き方は、もしかしたら、日本では嫌われるかもということです。

 半農半Xというコンセプトが生まれたのは、30歳という大台まであと少しというときでした。私は在野のキリスト教思想家・内村鑑三の講演録、『後世への最大遺物』(岩波文庫)に出合ったことで、何か吹っ切れたのではないかと思っています。いまから百年以上前の一八九四年、内村鑑三は「後世への最大遺物」と題する講演を箱根でおこない、多くの聴衆にこう問いかけました。「我々が五十年の生命を託したこの美しい地球、この美しい国、この我々を育ててくれた山や河、我々は之に何も遺さずに死んでしまいたくない、何かこの世に記念物を遺して逝きたい。我々は何をこの世に遺して逝こうか。金か。事業か。思想か」と。

 その講演から百年後、28歳だった私は一冊の薄い文庫に出会い、聴衆と同じように大変な衝撃を受けました。内村は何歳の時、この講演をしたのだろうと調べてみたら、なんと33歳。自分探しの途上で自分の天職が何なのか、まだまだ見えていなかった時期でしたが、「私も33歳で新しい人生を始めよう」と誓いました。自分との約束を果たすべく、33歳と10か月のとき、10年勤めた会社を卒業し、故郷の京都府綾部市にUターンしたのです。

 前号で私は「後世(将来世代・7世代後)」という自分軸があると書きました。内村鑑三の講演録を読んでから私はこんなことを思うようになりました。それは現世(現世代)の評価にこだわらなくていいのでは、ということです。周囲の理解がいますぐなくても、きっと後世は評価してくれるはずだと。

 この通信を手に取る方はきっと価値観や意識のうえでも世間では「少数派」ではないかと思います。まだまだ私たちは旧価値観のなかにいます。そんななかでくじけず、どう生きるか。私は「後世」という視点をもつことをおすすめします。

 「我々は何をこの世に遺して逝こうか。金か、事業か、思想か」。みなさんは何を遺されますか?大事なものを伝えていくために、自分のミッションを、人生のテーマを絞り、注力していきましょう。

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50×60mの田んぼ(3反)の3分の2は市民農園の田んぼ版のように
活用してもらっています。名づけて「1000本プロジェクト」。
みなさんもいかがですか?

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半農半X研究所代表
福知山公立大学地域経営学部特任准教授
総務省地域力創造アドバイザー
塩見 直紀(しおみ なおき)

1965年、京都府綾部市生まれ。
「半農半X(=天職)」コンセプトを20年前から提唱。
ライフワークは個人~市町村までのミッションサポート、コンセプトメイク。
著書(『半農半Xという生き方【決定版】』など)は翻訳され、台湾、中国、韓国でも発売され、海外で講演もおこなう。
http://plaza.rakuten.co.jp/simpleandmission/

- 小さな農と天職と新しい未来と - 2016年10月発刊 Vol.109

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