「あなたはきっと耐えられない」
フランスで出産した日本人と話したときのことです。フランスは無痛分娩がとても多いことで有名で、実際どうだったのか聞いてみたくなりました。その人は麻酔なしで経膣で産むつもりでしたが、助産師さんに「きっと耐えられなくなるから」と、出産の途中で無痛分娩に切り替えることのできるプランを勧められたそうです。そして実際、この段階を超えたらもう切り替えられない、と言われたときに、「これ以上痛くなるなんて無理!」と、無痛分娩に切り替えたんだそうです。「ほらね」と助産師さんには言われたとのこと。3人を産んだ私のことを、「あの痛みを3回超えたなんてすごすぎる」と、褒めてくださいました。
ずいぶん前に聞いたその話を思い出したのは、同じくフランスで出産した日本人のエピソードを読んだから。「おなかを痛めて産んだわが子はかわいい」という母の言葉を思い、やはり経膣で麻酔なしで産もうとした日本人が、助産師さんから「これ以上疲れてどうするの、産後のほうが大変なのよ!」と分娩中に諭され、ハッと気づき、無痛に切り替えたというエピソードです。無痛分娩のコストが高い日本と違い、フランスでは無料で無痛分娩ができるそうです。その事実を知った出産経験のない日本人女性の「親の世代の人には、痛いのなんてまったく覚えてないわよ~と言われるけど、自分と同世代で産んだ人からは、とにかくむちゃくちゃ痛い! としか聞かない。できるものなら無痛にしたい、無料でできるなんてフランスがうらやましい」という感想もありました。
厚労省のデータを調べてみると、フランスの2016年の無痛分娩率は65・4パーセント。ちなみに帝王切開率が20・4パーセントです。無痛分娩率、本当に高いです。日本の場合、2014~16年の研究事業で調査された数字をみると、無痛分娩率は5・3パーセント。帝王切開は19・4パーセントです。日本も近年、急速に無痛分娩率が上がっているらしいですが、フランスは日本の12倍! 全然違う……けれども、背景は似ています。
本当に痛くないお産とは?
「産んでからが大変だからお産の後くらい休んだほうがいい」と言われ、新生児室などに産んだばかりの子を預ける、というのは日本の病院でもよく聞く話です。フランスの場合、同じ理由で無痛分娩が増えるようです。赤ちゃんのお世話は大変である、出産は凄まじく痛いから緩和するほうが人道的、という前提に立つと、出産の快適さは医療介入に委ねられます。
でも、そこまで無痛分娩率の高くない日本で、無痛分娩と、助産院での完全自然分娩の両方を経験した人が、こんなことを言っていました。「麻酔のせいで脳内麻薬が出ないから、痛みを忘れられない。無痛分娩のほうがずっと痛かった」。このことから、先ほど書いた、親の世代の人は痛みなんて忘れていて、今の若い世代は痛いばかりとなる理由が、リアルにわかるのではないでしょうか。
医療介入の程度問題。私自身、「覚醒した」としか言いようのない、痛みなんて覚えてない、大変豊かな自然分娩と、陣痛促進された、きつく痛く尊厳のないお産の両方を経験しています。医療介入の後には、産後うつのような症状も……。
安全と快適はケミカルの専売特許ではないということは、きちんと伝えていこうと襟を正しました。産み手の覚醒を阻んでも、母子にも、社会にも、なにも良いことはないのですから。