2010年2月、月が刻むリズム「テンポ116」を取り込んだ数々の楽曲を世に送り出された作曲家、片岡慎介氏の突然の訃報は、私たちに大きなショックを与えました。その深い悲しみの中からも、あとに残されたテンポ116の音楽を「一人でも多くの方に伝え続けたい」という想いから、父である片岡氏の遺志を継ぎ、有限会社ビュージックの代表取締役に就任されたのが、片岡由季社長です。 今回は、その重責に苦悩する日々を乗り越えて、新生ビュージックとしての道を歩む決意をされた由季社長のご活躍を、二回に分けてご紹介します。 |
ー以前は、まったく別の世界でご活躍されていたとうかがいました。
はい。私は「サービス介助士」を育成するための研修講師をしていて、父の会社にはまったく携わっていませんでした。日々の生活の中にテンポ116はさりげなく存在していましたので、どのような音楽なのか知ってはいましたが、その仕組みなどについてはまったく理解していませんでした。
時々、新曲ができたからと部屋に呼ばれ、父の椅子に座って聴かされることもありましたが、当時の仕事はとてもハードだったため常に睡眠不足でしたから、数分で睡魔に負けてしまう有り様でした。そんなわけで、父の曲を終わりまで聴いたことすらなかったんです。
ー会社を継がれた直後の状況はいかがでしたか?
テンポ116や月、高周波などに関する知識の蓄積も必要でしたが、最初の一年はとにかく、ビュージックの社長として生きていくという覚悟が何にも増して必要でした。この会社が私の人生にとって大きな基盤になることが明白だからこそ、より楽しく、豊かなものにしたいという思いは強かったものの、まったく知識のない世界でしたし、あまりに突然のことでしたから、なかなか踏ん切りがつかかったんです。
頑張りたいのに頑張れない、楽しみたいのに本当は楽しめていない。理想と現実のギャップの大きさに混乱してしまって、心身共にとってもつらかったです。
前職は、全国を駆け回るようなハードな仕事でしたが、楽しかったので元気に続けてこられました。ところが会社を引き継いだ途端、それまでに蓄積してきた疲れはドッと出てくるし、プレッシャーが大きすぎて精神的にもかなりきつかったので、朝は起きられないし、食事もほとんど喉を通らない。午後になると少し元気が出てくるけれど、夜にはまたぐったりしてしまって……。「このままでやっていけるのかしら」と、自分だけでなく周囲も不安になるくらいでした。
前職に戻るという選択も残ってはいましたが、投げ出すことはできませんでした。「やると決めたらやるし、やるからには成功させる」。誰が決めたわけでもなく、自分の中のひとりがそう決めちゃってたんですね。この部分だけだと、すごく強い信念の持ち主のように聞こえますが……。単に負けず嫌いなだけなんです(苦笑)。
跡を継いだのにできない自分や、できないと口にはしないけれど「できないかも」と思っている自分が許せなかったんですね。でも、今はそんな状態を抜け出せたので、ようやくスタートラインに立てたかなと思えます。
ー何が転機になりましたか?
なにせ負けず嫌いですから(笑)、呼ばれたらとりあえずどこにでも顔を出すようにしました。とある勉強会に参加したところ、皆さんが私を100%認めてくれるんです。できないのも、迷っているのも、やりたくないのも全部OK。そんな温かいプラスのオーラを浴び続けたら、根は単純なので、「ああ、こんな私でもいいのね」と(笑)。こうして認めてもらえるんだから、その気持ちに応えたいと思えるように変化してきたんです。父が亡くなって以来、頑なに閉じてしまっていた心が、OKオーラで少しずつ開いてきたんでしょうね。
最初の頃は、分からないことでも「分からない」と言ってはいけないと思っていましたし、社長でありながら、分からないものを売ってる自分が認められませんでした。
とはいえ実際には頼る人もなく、情報源は父が書いた本や雑誌の記事など、皆さんが目にされるのと同じものしかありません。父のメモや資料は残っていますが、分かっている人間が書いたものなので、あるのは結論だけ。なぜこの結論に至ったのかまでは記録されていませんでした。
そんなわけで、常にいろんな質問を想定して不安でいっぱいでしたが、近頃やっと、「分からないので教えていただけます?」とお願いができるようになりました。専門の方に学ばせていただく姿勢でいるほうが、よりよい知識を得られるということに気づいたんです。
それまでは頑張らなくちゃと気負い過ぎて、逆にモチベーションがあがらず、周囲も手を差し伸べにくかったのではないでしょうか。ちょっと肩の力が抜けてきてようやく、父が作ってきた人間関係の中から少し飛び出せるようにもなってきました。
父のことは知らないけど私を知って応援してくださる方や、私を通してテンポ116に興味を持ってくださった方。そんな新しい出会いも重ねる中で、自分なりの新しい世界が開けてきたように思います。だから本当にこれからですね。
次号では、新生ビュージックが創造する新しいテンポ116の可能性をご紹介します。
人間の体内時計が月の一日と同じであることは、多くの実験により証明されています。月のテンポを刻む音楽を暮らしに取り入れて、狂ってしまった体内時計を元に戻せば、「本当のあなた」に出会うことができるかもしれませんね。