読者ライターがおくる「毎日がらくなちゅらる♪」

【Vol.40】読者ライターがおくる「毎日がらくなちゅらる♪」

美容と健康

矢野拓子(12月号読者ライター)

神奈川県在住、31歳。
都内で骨格矯正の仕事をしていましたが、今年逗子に引越したことを機に退職し、現在は専業主婦です。念願の海と山に囲まれた生活を楽しみつつ、自宅でのサロン開業に向けて、自宅内装工事も進行中。夫と二人暮し。

 はじめまして。矢野拓子と申します。本日は、「美容と健康」についてお話ししたいと思います。私はそれを求める人達のための仕事をし、何より自分自身がそれを長年強く求めてきました。そして現時点でたどり着いた答えを皆様にお伝えしていきます。

 早速ですが、何故、人は「美容と健康」を求めるのでしょうか。健康になればフットワークが軽くなり、何でもできそうですし、美容に関しては、美人が得するってよく言いますよね。「美しさと健康」が手に入れば、幸せになれると……。でも、体や顔つきが、生まれてから今までの人生を表しているもの、自分で作り出したものと考えたことはあるでしょうか。私は、お客様を施術していくうちに、ごく自然にそう考えるようになりました。勿論、先天性のものはこの限りではありません。立って、歩いて、呼吸して……生きていること自体で筋肉は使われますが、どう立ち、どう歩き、どう呼吸しているかで、日々筋肉の形は変化しています。結果、骨格や皮膚も変化しますし、内臓にも影響します。現在の自分の肉体は、自らの意思で作り出したものなのです。その人の日常が表れていますし、もっと大きく見れば、生き方や心を表しているとも言えます。

 「いやいや、生まれつきのものが……」とか「親と同じだから遺伝でしょ」という声が聞こえてきそうですね。勿論、遺伝はあります。ただ、それはスタート地点のようなもの。ゴールはその人自身が作り出すのだと思います。

 美しく健康になるために必要なものは、お金と時間と専門家ではなく、無意識で当たり前の日常を、意識的に過ごすことができる自分自身です。自分の心や体に意識的になると、様々な発見があります。そして、その意識によって体が進化しますし、心が育まれていることにも気づきます。「美と健康」が手に入れば幸せになれるのではなく、無意識の日常に意識を向けることで育まれる心が、内面から輝く「美と健康」につながる気がします。


「見えんけどおる」

中島幾惠(12月号読者ライター)

大阪府堺市在住42歳 サラリーマンの夫と高1、小5、小2の三人の子供との5人家族
1昨年患った乳がんを機にピュアシナジーを飲み始め、不定期だったプレマさんとのお付き合いが定期的になる(笑)
プライベートでは、コーチングやカウンセリングの手法を用いた「もっと楽チンにハッピーになろう」を軸としたセッションやセミナーをハッピーメーカーコーチとしてフリーランスで開催しています。

 先日「げげげの女房」の最終話で、主人公のお二人が「見えんけど、そこにおる(妖怪)」と話を結ばれていました。

 この言葉を聞いて、私は子供たちがお世話になった幼稚園の、副園長先生のお話を思い出しました。

 それは、クリスマスシーズンのある保護者会でのお話でした。

 サンタクロースを子供たちが信じているか? また、いないと言われたり、知らされたりしたとき、どのようにしたらいいのか? といった話題で保護者が盛り上がったとき、静かに保護者のお話を聞いていらっしゃった副園長先生が最後にこんなお話をしてくださいました。

 「確かに、今サンタクロースはいませんね。けれども、一時でもサンタクロースの存在を信じた子供たちの心は豊かになると私は思っています。

 目に見えないものを信じることが出来た子は、サンタクロースを信じた心のスペースの分豊かになっていると私は思っています。」
と、お話くださいました。

 「目に見えないものを、ある事として受け入れる事が出来る」

 それは、神様を信じることだけでなく、感謝や愛など、目に見えない大切なことを、ちゃんと大切に出来る。に繋がっていくのではないかと私は思いました。

 プレマにある商品には、たくさんのそんな「目に見えない、でも何かがそこにある」を感じさせてくれます。

 「なんかよくわかんないけど、これは私にエネルギーをくれているきがする。ありがたいな。」

 そういった小さな感謝をしつつ、今日もピュアシナジーをシェイクしている私がキッチンにいます。

【Vol.39】読者ライターがおくる「毎日がらくなちゅらる♪」

マイ畑

宮下真起子(11月号読者ライター)

 京都府在住、48歳。
 京都府生まれ、現在も京都府にて両親と暮らす。大学を卒業後、京都府京都文化博物館等、複数の職場を経験。2009年6月から貸農園で小さい畑を借り、週1~2回通っている。同じ年の11月にエッセイ『畑の声が聞こえるー夏野菜にトライ!』を書き上げる。その直後、婦人科系の病気を発病。以来、一分づき米と野菜を中心とした食事に切り替え、自宅療養中。エッセイは今年のお正月にほぼ自費で出版。

 今、ベランダ菜園や貸し農園が人気です。実は私も去年の初夏から貸し農園で畑をやっています。全くの素人なので、畝立てから始めましたが、指導員さんのおかげでいろいろな野菜を収穫できるようになり、採れたて野菜の美味しさを堪能しています。

 もともと物作りにそれほど興味のなかった私ですが、野菜作りをやってみたい、と思うようになり、半年後に今の貸し農園に出会いました。野菜を自家栽培すると、やはりお料理も自分で工夫するようになるものです。

 去年の夏はナスがいっぱい採れたので、まずはシンプルにナスの油炒めをしましたが、その美味しかったこと! 感動しました。茹でたての枝豆も、もぎたてのキュウリも感動の美味しさでした! 秋はさつま芋を収穫し、蒸して頂きました。とっても甘くて昔ながらの焼き芋を思い出しました。冬は大根と人参が小さいながら収穫できました。大根葉と人参葉をお浸しにしましたが、苦みがあまりなくて美味しかったです。びっくりしたのが人参です。生のまま少しかじると、甘い! 人参が甘いということを初めて知りました。また小松菜やチンゲン菜、べんり菜という菜っ葉も少しですができました。シンプルに茹でて食べると、やはり甘い。自然のままで育てた野菜は甘いものなんですね。大好きなキャベツは青虫に食べられてどうなるかと思いましたが、なんとか収穫できて嬉しかったです。春にはそら豆がいっぱい採れました。茹でたり焼いたりして美味しく頂きました。

 小さい畑なので収穫はたいした量ではありません。でも、自家栽培・無農薬の野菜を少しずつでも頂くようになって、調味料なども有機のものを探すようになりました。原料が有機のもの、無添加のもの、探せばけっこうあるものです。家計と相談しながらですが、できるだけ安心なものを買うようにしています。

家庭学習強調週間

菅光恵(11月号読者ライター)

 新潟県在住、37歳。
 夫、7歳の長女、3歳の次女、うさぎ、犬との田舎暮らし。
 カサカサの肌で産まれ、生まれつきアトピーだと医師に言われ、親は薬に頼りつつ私を育ててくれたが、高校生のころだったろうか「あぶない化粧品」という
本に出会ったのがきっかけで、肌に触れるものから自然なものへと目を向けて いった。7年前に長女を授かったことを期にさらに興味が広がり、プレマとのご縁もいただく。
 子ども達のためにおやつを手作りし、私を育てるために来てくれたんだと感じ
ながら共に生活している。自然派ミニコミ情報誌「ムックマム」のスタッフ。

 我が家の長女(少2)は、公立小学校へ通っている。長女が産まれ、布オムツ・布ナプキン・自然に負荷をかけない洗剤・しつけや教育・食生活等々…ありがたいことに、私の視野は子どもを授かったことを機に広がり続けている。教育に関しても、出産後にシュタイナー教育の本に出会い、「自分自身もこんな教育を受けたかったなー」と心底思い、それまでは、自分が今まで受けてきた、いわゆる日本の一般的な教育しか知らなかった私は、他の教育にも興味を持ち本を読みあさった。そして、「我が子にはもっと自由な教育を受けさせたい!」と思っては見たものの…現実には、今の我が家の場所や収入で通わせられるような学校は無かったのである。こうなると、とりあえず近くの公立小学校へ通ってもらうか、学校へ行かないという選択しか無いようだ…という訳で、本人に聞いてみると、学校へ行きたいと言うので、近くの公立小学校へ通わせている。

 こうなったら、学校へは主に人間関係を学びに行っているんだと割り切り、後は家庭でフォローしていくしかないと決心したものの、学校では、タイトルにある、今週始まった「家庭学習強調週間」に始まり、「生活習慣チェック」「あいさつ週間」等々、それをしたところで子ども達は伸びるのだろうか?と頭をひねるような事ばかりなのである。でも、きっと先生方は全てに丸が付くような子ども達を育てることを目指しているのだろう。テストが100点で、生活習慣も身についていて、あいさつが出来て…教育者側からすれば、それはきっととっても楽なことだろう。でも、本当にそれでいいのか? もし、みんながみんなそんな風だったらおかしいと思わないか? もう一度日本中の教育に携わっている人間(親も含め)に考えてほしい。コンピューターのように画一的な人間が必要か? それよりも、ひらめきと、きらめきのある人間でこの世の中が満たされれば、世界中が平和になるのではないだろうか。まず、自分がそんな人間になることを目指したい。

【Vol.38】読者ライターエリコ&トモコの「毎日がらくなちゅらる♪」

いのちをいただくということ

 映画やドラマのロケ地になったり、三鷹の森ジブリ美術館があるということで、東京以外の方でも、ご存知の方が多いと思われる、吉祥寺の井の頭公園。私のサイクリングコースの折り返し地点でもあります。

 この公園の中に、弁天さまがいらっしゃいます。弁天さまだけでなく、お不動さまや石碑、銭洗い所、お地蔵さまと、いろんなかみさまが集合住宅のように(笑)お祀りされているのですが、ここに参拝して全てのかみさまに、私たち家族がつつがなく暮らさせていただいていることへの感謝を申し上げるのも、サイクリング中の大切な日課になっています。

 ここにお祀りされているかみさまのおひとりに「聖観世音菩薩さま」がいらっしゃいます。

 蓮の花を片手に、静かに微笑んでいらっしゃる表情がとても美しい菩薩さまですが、その傍にこの菩薩さまを寄贈された方々による、由縁が刻まれた句碑があります。

 それは、三鷹市の三鷹食肉組合有志の方々が建てられたもので、そこには、
「生命は平等であります。しかし私達人間は他の生命を犠牲にしなければ生きることが出来ません。このことに深く思いをいたした私ども有志は 茲に観世音菩薩像を建立し人間のために命を断たれた動植物にたいし深甚なる鎮魂供養の誠を捧げるものであります 合掌」と刻まれています。

 マクロビやローフードの世界では、ご法度とされている食肉。その食肉を扱う方々が、深い想いで建てられた菩薩さま。マクロビやローを実践されている方々で、どれくらいの方が、ここまで考えていらっしゃるでしょうか。生命も平等なら、食べ物も平等。マクロビでもローでもヴィーガンでも普通食でも…。うたし会でご存知の方も多い小林正観さんも「全てが健康食品」と著書に書かれています。食卓を前にする時には、感謝の気持ちで何でもありがたくいただきたいな…と想いを馳せる私でした。

樋口恵理子(読者ライター1号)

東京都杉並区在住、43歳。金魚と猫が同居人。
友人の紹介でプレマの存在を知り、四捨五入すれば10年のお付き合い。
某企業の社員からフリーライターを経る中、心の病(反射型反応性精神病)を患う。一緒に暮らす家族(金魚&猫)と日々過ごしながら、社会復帰&らくなちゅらりすとを目指して奮闘中。モットーは、「全てのもの、ことにLOVE&THANKS!」


何を食べて生きますか。

 日本に生まれたのがラッキーだったのか、アンラッキーだったのかは正直分かりませんが、少なくとも何を食べるのかを選ぶ自由は、かなりあると思います。世の中にはたくさんの種類の食べ物や調理法があり、自分で作らなくても手軽にそれらを手に入れることが出来ます。

 ただお腹を満たすだけでいいなら、そういった食べ物を選べば簡単です。でも、それで本当にいいのでしょうか。
食べたものが身体や心に影響を与えるとしたら?

 ?ではなく、食べたものがその人を作るのです。これって当たり前のことですよね。

 残念ながら身体に悪いものは、口に美味しい(ように感じる)ので、それらの食品が及ぼす影響を考えずに好んで食べている人が多いようです。

 私の周りにもそういう人が多くいて、そして病気になっていくのを見ています。「病気」とされなくても月経痛などの不快な症状に悩まされていたりします。

 何か症状が出てからでも、食生活を見直せばひょっとしたら何とかなるのでは?と思ったりしますが、多くの人は耳を傾けてはくれません。

 不調の原因が食事にあると、結び付けられないみたいです。

 動物性食品の殆どは常用性があり、食べずにはいられない気分にさせます。けれど一度絶つ事が出来れば、欲しいという気持ちがおきにくくなるのですが、最初の一歩がなかなか難しいのです。

 でも時々、身体の不調の原因であろうとも、自分が好きなものを食べて、それで(極端な話)死んでいくなら、それも選択の自由ではないかと思ったりします。

 少なくとも「選ぶ自由」があり、そこに「選択した自分」がいるならば、責任を取るのも自分。他人に迷惑さえかけなければ、美味しいと思うものを食べて生きる。それでもいいのかなと。

 (心の不調があるのならば、是非とも食事を見直していただきたいですが)ただ、家族の胃袋と健康を担っている人には、食事が身体や心を作る。少なくともそういった事を知っておいてほしいと願います。

 どうぞ皆様、心身ともにお元気で。

マスジマトモコ(読者ライター2号)

東京都江東区在住、41歳。夫と二人暮らし。
20代に読んだ環境問題の本がきっかけで破壊される地球と食文化に恐れをいだき、ほぼベジタリアンに。ストイックになったりゆるくなったりして十数年。二年前からは未来食(雑穀を主体とした穀物菜食)を本格的に勉強中。
プレマとの出会い以来は、いろんな誘惑に負けながらのお付き合い。オリジナルナチュラルスイーツレシピを日々考えながら過ごしています。