「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」。
シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんが、高校時代の恩師から贈られて大切にしてきた言葉です。1位でゴールを駆け抜けた直後のインタビューで「すごく楽しい42・195kmでした」と答えていた笑顔を思い出します。
実は、この日の高橋選手はスタート直前のインタビューでは「あとたったの42・195kmです」と言っています。この言葉から、月間1000kmを超える練習量を積み重ねた圧倒的な自信が伺えます。花という見える部分は、タイミングが来れば咲く。だからこそ、見えないところの根がしっかりと張るよう、苦しいときに踏ん張る大切さを教えてくれています。
因は自分と、縁は他人と
原因と結果のことを、仏教用語では「因縁」と言います。物事が生じる直接的な力のことを「因」、それを助ける間接的な条件を「縁」とし、この二つの働きによる結果を意味します。「因」とは自分が積み重ねていく準備であり、「縁」とは他人との関わりのなかでやってくるチャンスのようなもの。シドニーでの高橋選手は、レースの距離を「たった42 km」と言えるほど「因」を万全なものとし、あとはレースのなかで「ここぞ」というタイミングを逃さず「縁」を活かしての結果といえるでしょう。
この稿が読まれるのは東京オリンピック・パラリンピックともにすべての日程を終えている頃でしょう。終わってみて、どんな感想をお持ちでしょうか。まず放送では時差がないので遅くまで起きている必要もないし、寝不足ということはなさそうですね。
さて、「五輪には魔物がいる」と言われますが、ほぼ無観客となったなかでは、魔物の出現は控えめだったのではないでしょうか。日本代表の選手たちにとって有利に働くはずの自国開催が、直前まで開催か中止か意見が分かれて批判の対象になるなど、デメリットも大きかったかもしれません。
日本代表の選手たちは東京五輪に向けて強化してきた成果として、「上手く」なり、「速く」なったことは疑いようがありません。ただ、本番で「強く」なれていたかどうか。選手たちの「因」を、国民が「縁」で後押しができなかったとすれば残念です。
謝罪のチカラ
今大会で印象的なのは、選手同士でライバルの成功を喜び合う姿。技の難易度を競う試技、相手が失敗すれば自分のメダルが決まるような局面でも、相手の成功を称え喜び合う姿はとても友好的で平和的に映りました。
一方で、SN Sでの誹謗中傷などで、応援する側と応援される側とに溝ができてしまった。SN Sでは大きな流れができるので、誰かが勇気を持って「開催に反対するあまり、酷いことを言ってしまいました」とコメントすれば新たな流れが生まれたのかもしれません。連日テレビ中継してきたメディアが「開催中止を求め、あなたたちの活躍する場を奪うところでした」と公に謝罪する立場を見せてくれるといいなと思います。
「子は大人の言うようにはしない、大人のやるようにやる」と言います。SNSの誹謗中傷も処罰の方向で動く前に、大人が公の場で積極的に謝罪する姿勢を見せることで平和的に物事が進んでいくきっかけとなるかもしれません。謝罪という行為は決してマイナスなものではなく、プラスを生み出し得るものになるという学びにもなるでしょう。
季節はちょうど「スポーツの秋」。オリンピック・パラリンピックで感動した後は、自分たちも動いてみる。大人たちが運動する姿を見ることで、子どもたちにも運動する習慣がつき、次のパリ五輪にも期待が持てそうです。