熟成された芳醇な香りと、まろやかな味で愛用者の多い丸中醤油。その評判は口コミで広がり、ミシュランで星を獲得する一流料理店でも使用されているほど。寛政末期から続く醤油蔵では、醤油作りの要である醸造菌を守り、変わらない味を作り続けています。こだわりの製法や守ることの難しさについて、お話を伺いました。
左から代表取締役社長・中居真和さんと職人のみなさん。30 ~ 40 代の職人が、200 年以上受け継がれてきた製法を守り、桶のもろみと対峙しながら醤油を作っている。中居社長は「日々、勉強です」と話してくれた
文献で遡れる限りですが、私で8代目。200年以上、この地で醤油を作り続けています。特別なことをしてきたわけではなく、昔ながらの製法を守り、受け継いできただけです。
幼いころは醤油蔵を継ぎたいとは思っていませんでした。
先々代の祖父は、昔ながらの職人気質。とても厳格な人で、私は「早くこの家を出たい」そんなことをいつも考えていました。仕込みから熟成、ビン詰めまでを手作業でおこなう家業に古臭さを感じ、恥ずかしいと思うこともあったくらいです。
学校を卒業してからは家を出る決意をして、ある醤油メーカーへ就職。
そこはとても大きな工場で、醤油の製造はオートメーション化され、すべて数値で管理されていました。
まさに私が憧れた、近代的な工場だったのです。
ボタンを押せば機械が動き、塩分や色の濃度など、数値を基準値に合わせるだけの作業。
衛生面が徹底された工場内は無菌状態で、発酵に必要な菌は後から入れる。
そんな不自然な醤油作りがおこなわれていました。食品というより、工業製品を作っているようでしたね。
転機は、当時の仕事仲間と集まって、アパートで刺身を食べたとき。
実家から送られた醤油を、仲間に食べてもらったところ、口々に「おいしい」「どうやって作っているのか」と聞かれたのです。
私は昔ながらの製法を守り続けている実家の醤油蔵について話しました。
すると仲間に「その醤油蔵を大切にするべきだ」と言われたのです。
そのときに、家業を守ることの大切さに、改めて気づかされました。
昔ながらの製法を守り継ぐ使命
現代では珍しくなった、自然の営みにまかせた、古式製法による醤油作りにこだわっています。蔵の温度管理は一切せず、季節に合わせた手入れをしながら、醸造菌の発酵を見守っています。蔵には何十億という醸造菌が住んでいて、おいしい醤油を作ってくれているのです。
菌は生き物ですから、その年や季節によって変化し、発酵や熟成具合が桶によってバラつくんです。私たちは、それを「桶グセ」と言います。そんな桶グセを見ながら、3年間の低温長期熟成をおこなっています。
独自製法のひとつに「塩吊り」という工程があります。醤油の原材料である天日塩を袋に入れ、水を張った桶に吊るしゆっくりと自然に任せて溶かしていきます。
通常は濃い塩水を作り、桶へ入れるのですが、それでは醸造菌がビックリしてしまう。それほど私たちは醸造菌を大切にしているのです。
毎日、一つひとつの桶の状態を見極め、職人が手作業で「櫂入れ」という、撹拌作業をおこなっています。
季節やその日の温度などにより、櫂入れの回数を調整し、醸造菌の働きを手助けするのです。
最後まで手間を惜しみません。熟成したもろみを絞る、最も重要な最終工程を「舟絞り」といい、もろみを麻袋に入れ、ゆっくりじっくりと絞っていきます。
先祖代々からの製法を受け継ぎ、何一つ変えてはいません。手間を惜しめば雑味になり、丸中醤油ではなくなります。
とはいえ、時代の変化もあり、守ることが難しいのも事実。法律の改正によって、一部ですが製造工程の見直しもしました。もろみを醸造する桶も、新しく作れる職人がほとんどいません。
今、私がしていることは、長い長い歴史のなかのほんの一部。
守ることが難しいこの時代に、蔵が育ててくれた醸造菌を絶やさず、先代たちが残してくれた製法を受け継ぎ、歴史を繋げていきたいです。
国登録有形文化財に登録された歴史ある醸造蔵。阪神大震災後の改築時も、柱や壁、天井などに存在する数十億以上ともいわれる醸造菌が死んでしまわないよう、生木を使って慎重におこなわれた。
桶のもろみを撹拌する「櫂入れ」の様子。空気を送り込むと菌がよく働く。季節や気温、湿度による変化を見極め、香りや味、音など、五感を使っておこなう。決して数値では測れない職人技