うまみ信奉と玄米
私が食べもののレシピを組み立てるようになって、改めて驚いていることがあります。
それは、作る人の意識や場、関与者全ての状態が、味や食後感にダイレクトに反映されるという事実です。
このことは、もう20年以上前から「知っているつもり」ではいましたが、家庭料理とは違い、販売用として同じものを何度も繰り返し作るという行為のなかでこそ、はっきり際だってわかるようになってきました。
特に、弊社直営店舗の場合には乳化剤のたぐい、化学調味料や酵母エキス(バイオ人工うまみ調味料)ですら使わないという選択をしていますので、何かの強い作用で強制的に味を作り出す訳ではなく、なおさらに大きな変化を感じることができます。
先月オープンした京都北山のオーガニックカフェであるプレマルシェ・ピッツェリア & オルタナティブ・ジャンク™の料理長となった河崎めぐみは、調理の世界とは無縁の素人でした。
私が1年前にジェラートの素人であったのと同じように、調理のためのトレーニングを受けてきた訳ではありません。
お店で出すヴィーガン・タコライスを寝かせ無農薬玄米で提供しようと決め、開店直後は私が米を炊き、数日後に圧力鍋を使った合理的な玄米の炊き方を教えました。
そもそも、手間のかかる寝かせ玄米を使おうと決めた理由は、具材ソース(チリコンカーン)の方にあり、動物性素材を使っていないだけではなく、自然食品店では当たり前に用いられる「酵母エキスを使わないでやろう」と開店直前に決断したことが原因でした。
それまでは、「一般の人にも提供するときに、化学調味料を使うのが当然の外食の世界では、うまみを強くしないとインパクトが弱すぎて評価されないのではないか」という恐怖にも似た迷いがあり、そのことばかり考えるくらいに深刻な問題となっていました。
実際に社内の試食では「うまみが足りない」「塩味を強く感じる」「市販のものと味が違いすぎる」と評価はさんざんで、試しに酵母エキスを加えるとおいしいと言われることから、やはり日本人のうまみ重視の味覚には、化学調味料は使わずとも、酵母エキスという魔法を加えることは効果絶大です。
辛辣なコメントを聞くたびに私は寝込みそうになるほど意気消沈しましたが、多様な味覚をもつ外国人にも評価されるためには、うまみさえ強くすればよい日本人的発想は短絡的でしかないという根本的な問題にも気づいていたため、あえて難しい方を選ぼうと決断したのです。
しかし動物性も酵母エキスも使わずうまみを導き出すことは理屈ほど簡単ではなく、うまみそのものの強化ではなく、全体として素材のうまみを補強するレシピをくみ上げる必要があります。
そのなかで、炊飯器で炊ける白米から、圧力鍋を使った寝かせ玄米に切り替えることで、玄米特有の濃厚な味わいが全体の満足感を飛躍的に引き上げることを発見。
手間はかかるにせよ、やはり玄米しかないという結論に至り、河崎と一緒に圧力鍋に向かいました。
「全てを合理的に教える」というのが私の基本スタイルですので、グラム単位の計量と、手順、温度、時間というパラメーターに玄米炊きを分解し、そのように教えるつもりでした。
ジェラートも同じように作りますので、スタッフに任せていくためにはわかりやすさが大切です。
さあ、玄米の計量を終えたとき、私はそもそも言うつもりのない台詞を吐きました。
「この玄米をやさしく触りながら、おいしくなあれ、食べる人が元気になあれと唱えると、すっごくおいしく炊けるから。
玄米はまだ命を宿しているから、よく話を聞いてくれるよ」。
ボウルの玄米とエクセルのレシピ、工程表を前にして、なぜこのことを発したのか、よくわかりません。
たぶん、河崎のほうも心の準備がすでにできているし、彼女ならこれをいつか理解してくれるだろうという思いだったのかもしれません。
いずれにしても、予定していなかった、機械や道具だけでは絶対にできない、人間にだけ可能な「最も大切な工程」からスタートすることになった玄米炊きでした。
その後、私の手を離れてから、河崎の炊くご飯は毎回おいしくなって、完全に彼女しか炊けないご飯の味に昇華しています。
寝かせの電源はもちろん、店内にプレマが得意とする各種のエネルギーアップ施策は最高のレベルで施していますが、道具類だけで解決できないのは、意識の使い方そのものなのです。
オルタナティブ・ジャンク™
おかげさまで、このように暗くて細い道からスタートしたこの店も、来る方全員から絶賛いただけるようになり、食のプロからも高い評価を得つつあるのは、ジェラートをスタートしたときと同じです。
想像通り、特に外国人のからの評価が高く、遠くない将来、ジェラートと同じように日本の一般の方にも理解されてくるでしょう。
提供しているのはファーストフードスタイルですが、中身は完全にスローフードの塊で、バーガー一つ作るのにも複雑な工程、複雑な素材を加えています。
京都にお越しの際にはぜひお立ち寄りください。