ビオワインという言葉が市民権を得た今、和の食中酒・日本酒にもその流れがあります。木戸泉酒造さんは半世紀も前から、農薬・化学肥料不使用、無添加の日本酒「自然舞」を製造する先駆けで、現在は五代目が当主。ではなぜ三代目のときから、自然醸造酒を手がけるに至ったのでしょう。そこにはハイブリッドな技術の掛け合わせがありました。
荘司勇人氏は、三代目が編み出した「高温山廃酛仕込み」を大切に守りながら、高温山廃、乳酸菌使用、一段仕込みでフルーティーな香りと個性的な味わいが特徴の「afs(アフス)」を製造するなど、新たなラインナップも展開中
弊社の「自然舞」は、自然農法産米だけでつくられています。製造を開始したのは、今から50年以上前の1967(昭和42)年ですが、食への安心、また「より自然に近いものを」という志向が強まるなか、プレマさんのお客さまをはじめ、近年はより多くの方に、ご愛顧いただいています。
この「自然舞」の誕生秘話を披露しますと、実は製造するきっかけとなったのは、とある米農家さんからのご提案でした。「あなたの蔵の酒づくりに、うちの自然農法産米が向いているから、使ってみませんか?」、そんなお話をいただいたのが始まりです。
1879(明治12)年に創業した「木戸泉酒造」にとって大きな転機となったのが、1956(昭和31)年、三代目である私の祖父が「高温山廃酛仕込み」を完成させたことでした。江戸時代からの酒づくりの伝統的製法・生酛を踏襲しながら、天然の生の乳酸菌を用いて、55℃の高温で酒母(日本酒のもととなる液体)を仕込む方法です。高温での酒母の仕込みは、明治時代以降、日本酒づくりに科学的アプローチが持ち込まれた結果として編み出された方法で、弊社の「高温山廃酛仕込み」は、日本酒づくりの今と昔を取り込んだハイブリッドな製法ともいえるんです。
麹菌や酵母菌など、日本酒づくりには微生物のはたらきが欠かせません。一方で、日本の四季の移ろいのなかで、気温の変化、自然の摂理も利用して仕込む日本酒のつくりでは、いかに雑菌を取り除いて微生物の働きを活性化させるか、ということも大切になってきます。
生酛づくりでは、江戸時代と同じ方法、手作業で酒母を仕込みます。また酒母が完成するまでに雑菌が繁殖しないように、冬の低温のなかで仕込みがおこなわれるのが通例です。また明治以降に開発された「速醸モト」では、雑菌繁殖を防ぐために乳酸を添加します。
木戸泉酒造の「高温山廃酛仕込み」では、55℃の高温で酒母を仕込むため、タンクや原料を一時的に殺菌する効果があります。無菌状態になったところに酒造りで必要な酵母菌・乳酸菌を添加することにより、雑菌の繁殖を抑えながら糖化や乳酸発酵、そしてアルコール発酵が活性化されます。このため乳酸の添加は必要ありません。このように「高温山廃酛仕込み」の採用で、麹菌・酵母菌・乳酸菌の3つの菌が、のびのび発酵する酒母づくりが可能なのです。
先ほど話題に出た、自然農法産米の農家さんが「自分たちのお米で日本酒を作ってほしい」と提言してくださったのも、「高温山廃酛仕込み」の長所をご理解していただいてのことでした。生酛は江戸時代の酒づくりですから、まさしく自然農法産米が酒米に適しているといえます。なぜなら近代に化学肥料は存在しなかったので、今と品質に違いはあれども、江戸時代に収穫されていたお米は、自然農法産米に近かったでしょう。生酛は自然農法産米にフィットしたつくり方です。
また「高温山廃酛仕込み」では、乳酸を使わず、乳酸菌を使って発酵を促進させます。酒母つくりに薬品を使わないので、自然農法産米を使えば、文字どおり添加物や農薬、化学肥料を一切使用しない日本酒をつくれます。
こうして農家さんの申し出をきっかけにして製造がスタートした「自然舞」は、今では当社の主力商品「木戸泉」と並ぶベストセラーになりました。「自然舞」をつくるにしても、「木戸泉」をつくるにしても、製造方法は同じ、「高温山廃酛仕込み」です。酒米が異なるからといって、なにか違いがあるわけではありません。
けれども日本酒づくりの最初の工程、蒸した米を日本酒のもととなる麹にする段階で、手ざわりがまったく違います。自然農法産米の麹には、絹のような感触があるんです。この麹と水を混ぜ合わせたものに蒸米、酵母と乳酸を加えて酒母をつくり、今度はこれをタンクに入れ、麹、蒸米、水も加えて発酵させ、醪をつくります。醪を搾って、酒粕と分離すれば、日本酒ができあがりますが、自然農法産米を使うと、原料の力強さが存分に発揮された味わいになりますね。
弊社では、今、自然農法産米を使った日本酒の出荷が3分の1を占めていますが、これをもっと増やしたいと考えています。自然農法産米由来であれば、より多くの方に、弊社の日本酒を楽しんでいただけるからです。そのためには、農家の方のご協力が欠かせません。温暖多湿の日本で農薬を使わずに、自然農法産米を収穫までつなげるには、想像を絶する労苦を伴います。ひとえに農薬・化学肥料不使用、堆肥も動物性ではなく植物性のみを使用といっても、その実現には大きなハードルがあるんです。そこを超えてお米を届けてくださる自然農法産米の農家さんには、いつも感謝しても仕切れません。
またワインとは違って、日本酒は製造後1年を過ぎると、等級も価格も落ちてしまいます。この問題を解決しようと、三代目のころより、熟成酒や古酒づくりにも力を入れてきました。プレマさんでも、「古酒五曲」の取り扱いがあるので、ぜひ「自然舞」と合わせて日常使いしていただき、「木戸泉酒造」の日本酒の広がりを感じてみてください。