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中川信男の多事争論

「多事争論」とは……福沢諭吉の言葉。 多数に飲み込まれない少数意見の存在が、 自由に生きるための唯一の道であることを示す

プレマ株式会社 代表取締役
ジェラティエーレ

中川信男 (なかがわ のぶお)

京都市生まれ。
文書で確認できる限り400年以上続く家系の長男。
20代は山や武道、インドや東南アジア諸国で修行。
3人の介護、5人の子育てを通じ東西の自然療法に親しむも、最新科学と医学の進化も否定せず、太古の叡智と近現代の知見、技術革新のバランスの取れた融合を目指す。1999年プレマ事務所設立、現プレマ株式会社代表取締役。保守的に見えて新しいもの好きな「ずぶずぶの京都人」。

【Vol.77】かわいそうな自分

投稿日:

 私は心が弱いのか、はたまた人生の経験が乏しいのか、ついつい「こんなに不幸な自分」というイメージをたびたび心に描いてしまうことがあります。今日も、この原稿に追われているかわいそうな自分を朝一番の起きた瞬間に思い出してしまい、理想通りの「感謝ではじめ、感謝で終わる」という過ごし方の、最初の時点でつまずいてしまいました。人は【思考→感情→行動→結果】という順序で経験を重ねていく生き物ですから、思考の段階でこのようにネガティブになってしまいますと、起きてくるのは常にネガティブです。「他にもやること一杯あるのに、面倒くさいなぁ」→「とにかく、他の雑多なことから済ませておこう」→「編集長に怒られはしなくても、なんだか冷たくあしらわれる」という、毎月やってくる負の連鎖です。ついつい考えることは、過去のカルマの影響だとか、もしくは産まれてから幼少期の経験だとか、いろいろ正当化できる理由はあるわけですが、これもまた実は負の連鎖の始まり、つまり「こんな不幸な自分」というところに回帰していきます。いろいろ勉強をしていきますと、常に感謝の言葉を言い続けると、幸せになりますよ、という考え方もあるわけですが、これを実践していますという人に会ったとき、真に素晴らしい人がいる一方で、ときに何となく妙な嘘くささを感じたことはありませんか? もちろん言霊の力を否定するつもりはないのですが、思考と感情の変化抜きにして、理性で行動だけ変えても、湧き出す何かは止められないものです。私も「あーこの人嘘くさいな」と思われている張本人かもしれませんので、まずはこんなに後ろ向きなところを、何万回も閲覧されるところで告白しています。

認知の力
 不思議なもので、私の場合には、とにかくあるがままの自分を冷静に見つめますと、ある種の開き直りが産まれてきます。かわいそうな自分が、心底嫌いじゃないのです。どちらかと言えば好きなのかもしれません。こんなに勝手な心持ちでは、この厳しい時代は生きられないと叱られそうですが、なぜか、そうなっているのです。お客様のご相談を受けている中でいつも感じることは、私がお話しする機会があるかたの場合、自分にも、そして周りにも厳しい方が多いのです。そこまでシリアスにならなくてもいいのにな、と感じることがよくあります。たとえば「育児と仕事を両立できない自分がイヤで…」とか、「どうして甘いものばかり食べちゃうんでしょうか」とか、「こうあるべきと思うのですが、それができずに悩んでいます」とか、とっても真面目です。私はそこまで真剣に自分を振り返っていないだけなのかもしれませんが、これは幼いときに祖母からいつも褒められ、自慢されていたことが関係しているようです。あるとき、画面が消えたら、バンバン叩かないと映らないテレビを、バラバラにしてしまったことがあります。技術者気取りでドライバー片手に全てを分解して、直してやろうと思っていた訳ですが、5歳くらいの私に組み立てられるはずもなく、もうテレビは完全におじゃんです。そこに帰ってきた祖母は、開口一番「のぶちゃんは賢くて偉いね、こんなに難しいことができるなんて!」といったのです。当時、テレビはものすごい貴重品でした。学校に行くことができず、丁稚奉公で苦労を重ねてきた祖母は文字を読むことができず、私が文字を読めるだけで偉い偉いと褒めてくれました。いじめられ、ウソをついて学校に行かなくなったときにも、ほら学校に行けとはいわず、ある日はただ黙って後ろをついてきてくれました。久しぶりで気恥ずかしい教室の扉を開いたとき、祖母は後ろに立っていて、同級生からその姿が見えた瞬間、さらに恥ずかしくなって穴があったら入りたい気分でした。今思えば、あれを愛というのだと思います。愛とは、何の見返りも求めず、期待せず、ただその存在のあるがままを知り、寄り添うことをいうのだと、ずっと後で知ることになりました。だから、ご相談を受けるときには、私はひたすら評価せず、認知しようと思うようになったのです。

人のせいにしない
 時代はめぐり、この国では「誰かが悪いのではないか」と犯人捜しを始めました。そして、そのつるし上げのニュースでめっきり忙しいようです。確かに、仕組まれた構造がそうしていることもあるでしょう。「人の命を奪うこと」「傷つけること」「人の可能性を構造として閉ざすこと」の3つは、私も許しがたい気持ちに襲われます。ただ、それすらも結局自分に原因の一端があり、どこかの誰かの仕業であると言い切れません。「私以外の、誰かが悪い」と断罪したところで、何も変わりません。変えられるのは、やはり自分の【思考→感情→行動→結果】なのです。面倒くさいと思うのも、自分に原因があると思うのも、それもまた自分です。「主体性を発揮する」ことを可能にするのは、こうやって有縁無縁の全てから支えられ、ときに無意識に誰かを傷つけ赦され、また誰かに、愛を差し出していくんだよという無限の繋がりです。今年もお客様と一緒に、ともに悩み、ともに傷つきながら、よりよい未来のために学ばせていただきたく思っております。

- 中川信男の多事争論 - 2014年2月発刊 Vol.77

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