昨今の発酵食品ブームで見直されている糀(麹)。醤油や味噌、酒などは糀なくして成り立たないものであり、古くから日本の食文化を支えてきました。糀を「うちの子」と呼んで育て、オリジナル商品を作っている「おかんの糀®」のおかんこと小林さんに、糀作りへの思いを伺いました。
お客さまの声を直接聞けるのが嬉しくて、全国各地の催事に出店する。最終日近くには完売することも多い
大阪堺市。住宅街の一角に「おかんの糀」の工房があります。もともと和食店を営んでいましたが、約8年前、母と姑の介護のため、店を休業せざるをえなくなった小林さん。仕事から離れたとき、食についてもっと勉強したいという気持ちが芽生えました。
「そのころ、気になったのが酵素です。身体にいいといわれるけど、酵素って一体なに?」
さっそく料理教室や講座にあちこち出かけて行ったものの、なかなか納得いく答えには辿り着けず。もうこれで最後にしようと決めて参加したあるワークショップで、初めて「酵素の働きが化学に基づいていて、しっかり突き詰めていけるもの」だと手応えを得ます。以来、日本全国の酒蔵やみりん蔵、味噌蔵の蔵人さんたちを訪ね歩き、学んでいきました。
「私、なんでもハマるねん。見つけたら、だーっといくのよ(笑)。京都や秋田の種麹屋さんにもいろいろ教えていただいて、やっぱり本物のことというのかな、本当におもしろくてね。今思えば、糀たちにおいで〜と呼ばれたのかもしれない。意地になるぐらい、絶対に自分で美味しい麹を作ろうと考えていました」
自宅では寿司桶で米糀を育てる実験の日々。「作り方があっても、やっぱり生き物だから思い通りにはいかない。夜中に何度も見に行ったりして、もう、子育てとおんなじですね」
発酵の世界にすっかり魅了された小林さん。糀の美味しさを体験してもらうために、発酵調味料教室や糀作りのワークショップを始めます。
「自然食品店に来る方や、マニアックな方だけじゃなくて、もっと身近に糀を使っていただけるように、敷居を下げるのが私の役目なのかなと」
その後、自分の糀室を持つべく全国を見て回るなかで、「これだ」という糀室に出合います。全面が純度100%の分厚い珪藻土で、木材はオール檜、電磁波カット、接着剤などは使わず手作り。愛知と岐阜から職人を呼び、元店舗の2階を同じ仕様の糀室に改修しました。
「なんて言うんやろ、入るとものすごく気持ちのいい場所。お客さまには瞑想部屋と言われるくらい、すーっと落ち着くのよ」
糀室が完成し、本格的に糀作りをスタート。最初は失敗続きでしたが、試行錯誤を重ねるうちに、だんだん「室と、糀ちゃんと、私の呼吸が合ってきた」のだそう。小林さんは、ここでただ一人、日々糀菌と「会話」しながら、糀作りに向き合っています。
「糀菌はいろんな種類の子がいて、季節や湿度、そのときどきでも接し方が変わります。どうしてほしいかを、あの子たちが投げかけてくれるんです。ちょっと間違うと、おかあちゃん、いい加減にしいやと。私もごめんな、という感じで。そうやって育てた子が『この糀すごいね』と言われると嬉しい」
機械化された製造所と対照的に、小林さんが糀に手間をかける様は、まるで母親が子どもをずっと背中におぶって育てているよう。
「大量に売りたいわけじゃないし、たっぷり愛情をかけて、めちゃくちゃいい糀を作りたい。その先で、あの子たちにいろんな冒険をさせてやりたいんです」
糀が持つ無限の可能性を広めたい思いで、米糀のほか、米糀を使った発酵食品を開発。ピリ辛のなかにやわらかい甘みと旨味が染み渡る「甘糀・万能ヤンニョム」や、糀と納豆を組み合わせた「糀納豆佃煮風」などが人気です。
「糀のすごさは、他のものと組み合わせることで、素材をさらに美味しく変えること。たとえば、野菜嫌いなお子さんが糀と一緒だと食べられるとか。関西人は納豆嫌いな人が多いけど、じゃあ納豆菌と麹を合わせたらどうなるか。さらに野菜を加えてバランスを取って、特殊な発酵をかけたら……? あら不思議、美味しくなったわという感じで」
普段、糀を食べない人にも「ああ、美味しいね」「ホッとするね」と言ってもらいたいから、イベントには積極的に出店。動画などでも、発酵調味料の作り方や、糀のいろいろな食べ方を紹介しています。原料の米は、奈良の山奥で先祖代々、無農薬・無施肥で栽培されている米ですが、当たり前のことだからとあえて強調しません。無添加も同じく、「聞かれたら話をするけど、講釈を垂れないのが好き」と小林さん。華やかな路線とは一線を画して、まず美味しいことが大事。そして、召し上がってくださる方に正直でありたいと話します。
糀の製造はもとより、商品管理やイベント出店など、すべてを一人でこなしていますが、苦労を苦労と感じさせず、糀の話をするときはとても嬉しそう。
「お客さまに美味しいと喜んでいただけることが、すごくありがたいです。またその『美味しい!』の笑顔が見たいから、『めちゃくちゃ美味しい!』ってびっくりさせたいから、続けています」
小林さんにとって、糀たちは家族。商品を送り出すときは箱詰めしながら、「いってらっしゃーい! 可愛がってもらってね」と声をかけます。「ご自分はもちろん、おかんの糀を使った料理を家族や友人に振る舞ったときに、美味しいでしょって、ドヤ顔してほしい。いろんな方に糀の美味しさをお届けしていきたいですね」