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インタビュー取材しました。

プレマ株式会 社新入社員インタビュー② 自分の得意を活かして 型破りに生きる
プレマルシェ・ジェラテリア京都三条本店 店長 鈴木 来夢さんインタビュー

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今年プレマ株式会社に入社した新入社員インタビューの第二弾は、現在プレマルシェ・ジェラテリア京都三条本店で店長を務める鈴木来夢さん。若いながらも店を切り盛りし、お客さまとの会話に喜びを感じる日々。「普通ではなかった」という彼女の人生はどんなものだったのでしょうか。

プレマルシェ・ジェラテリア京都三条本店 店長
鈴木 来夢 (すずき らいむ)

1999年、愛知県豊橋市出身。幼稚園生でアスペルガー症候群と診断され、周囲の環境に違和感を覚えながら小学校・中学校時代を過ごす。一方、音楽や踊りが好きで、ピアノやアイススケートに夢中になる。芸術系の高校に進学し青春を謳歌したのち、東京の大学に進学。プレマルシェ・ジェラテリア東京中目黒駅前店で4年間アルバイトとして勤務し、2022年プレマ株式会社に入社。

 

「家族を支え続けた
父親の大きさ

——どんな子ども時代を過ごしましたか。
物心ついたころから一人で遊ぶのが好きでした。幼稚園では集団行動ができず、医師にアスペルガー症候群だと診断されました。小学校では特別支援学級に入り、3年生のときに普通学級に変わったのですが、周囲と馴染めず学校は休みがちでした。勉強する意味がわからなかったですね。

——ご両親は来夢さんに対して、どんな風に接していましたか。
アスペルガーの私というより、私のなかにそういう特徴があると捉えて、理解してくれていたと思います。うちは両親と弟と妹、みんな発達障害の特徴があるので、家族のなかではそれほど違和感を持たなかったのかもしれません。父は、入学した小学校が私に合わなかったとき、学校にかけあって他の小学校に転校させてくれました。私は音楽が大好きだったので、6歳のころからピアノを習わせてくれて、小学校3年生からはフィギュアスケートも。当時、浅田真央さんがオリンピックで金メダルを獲ったのに憧れて、「やりたい」と言ったら、父が体験教室に連れて行ってくれたんです。私がよほど楽しそうだったのか、その場で申し込みをして、中学3年生まで通いました。

——6年間続けたんですね。なにが楽しかったんでしょう。
私は走るのが遅いのですが、スケートなら氷の上でスイスイ走れる。その風を切って走る感じが気持ちよくて。少しずつ上達していくのも嬉しかったです。今思えば、学校にも行かないのに、毎週の送り迎えや、マイシューズを買うための出費などの負担もいとわず、習い事をいろいろさせてくれた父にはとても感謝しています。

——お父さんが来夢さんのやりたいことを応援してくれていたんですね。
じつは、母は一番下の弟を出産した前後からうつ病を患い、私たちが幼いころは度々発作を起こしていました。家事や育児がままならない状況で、子どもながらに「うちは大変だな」と感じていました。そんななか、父は毎日仕事中に何度も家に電話をかけてきたり、単身赴任時にも毎週末は北九州から愛知まで帰ってきたりと、家庭のことをフォローしていました。今、自分が社会人になってみると、仕事をしながらあれほど懸命に家庭を支えていた父はすごいなと思います。母は私が中学を卒業するころに回復し、今では笑いの絶えない家族になりました。

——芸術系の高校に進学したのはなぜですか。
中学に入っても不登校で引きこもっていたのですが、高校進学を前にして、自分がどういう大人になりたいか考えたんです。このまま人に心を開かないでいるのは嫌だし、自分を変えたい。和歌山県にある芸術系の高校の舞台発表を見たとき、ここなら変われるかもと直感しました。

——愛知から和歌山へ、思い切りましたね。どんな高校ですか。
もともと環境の変化は苦手ですし、寮生活も不安でしたが、それ以上に自分を変えたい思いが強かったんですね。最初に観た舞台では、うまく喋れない子を上級生がフォローして場を盛り上げているのを見て、私もあんな風にお互い助け合えるようになりたいと思いました。やると決めたら絶対にやるタイプなので、目標が決まってからは早起きして学校に通うようになりました。

全員で創る舞台が
自分を成長させてくれた

——入学してなにを感じましたか。
その高校は山奥にあって、一学年ひとクラスの小さな学校ですが、自分たちで創る舞台が年間6〜7本、依頼公演を含めると年間20本ぐらいの舞台発表をおこなっています。
個性的な子が多くて、私一人が浮いている感じはなかったです。入学してすぐ、寮生の先輩が洋服をプレゼントしてくれたときにすごく嬉しくて。それまで私は顔を隠すためにずっとマスクをしていたのですが、そのとき初めて、ありがとうという気持ちを言葉だけじゃなくて表情でも相手に伝えたいと思ったんです。人と明るい気持ちで付き合うという意味が腑に落ちた気がして、それ以来マスクをしなくなりました。

——初舞台はどうでしたか。
初舞台は『ホタルナイト』が定番で、創作過程でたくさんミーティングをしました。そもそもなぜやるのか、やらないのかに始まり、全員が納得できるまでとことん話しました。小さなコミュニティだし全員の力が必要なので、苦手な人ともコミュニケーションを取らないといけない。でも、いい舞台にするという共通の目標があると乗り越えられるんですね。
舞台を終えて気づいたことは、たとえばあるカフェに座っていたとして、目の前にあるテーブルや椅子は誰かが作ったもので、誰かが注文して誰かが運んだからここにある。メニューも誰かが考えて、字を打って印刷したから……という風に、世界のすべてが誰かの役割や仕事で成り立っていて、なにひとつ欠けても成立しないということです。

——舞台制作にはいろいろな役割があるんですね。来夢さんはなにを担当していたのですか。
一年生は演劇やダンスなどの基礎を学び、二年生ではダンスとボーカル、日本舞踊とお能、タップダンス、映像、広報をやりました。興味のあることを全部やってみたくて。三年生ではダンスボーカルのグループと、撮影、広報に絞り込みました。

——すごい種類ですね。広報はコミュニケーション力が必要なのでは。
お客さんにお金と時間をかけて舞台を見に来てもらうって、すごいことですよね。その最初のアプローチをするチラシや広報の仕事に惹かれました。同級生たちと協力することや、誰かに相談することなどがうまくできなくて、やはりコミュニケーションには悩みましたが、先生のバックアップもあり、なんとかやれていました。

——高校生活を通して印象に残っていることはなんですか。
寮生だったので、みんなで使われていないお風呂場とかで夜通し練習したことですね。精一杯やりきったという感じです。

——高校で初めて学校が楽しい場所になりましたね。本来のエネルギーが出ている感じ。
中学までは、習い事など楽しいこともあったけど、学校に行く意味や勉強する意味はわからなかった。高校では舞台を成功させるという目標ができたし、一緒に創る仲間とコミュニケーションを取れるようになりたいから、少しずつ変わっていけたのかもしれません。いろいろ悩みながらもすごく充実していました。

——プレマのジェラートを初めて食べたのはいつですか。
高校で先輩の最後の舞台に後輩がケーキをプレゼントする慣例があるのですが、食事制限で食べられない人がいたんです。同級生にプレマの社長の息子がいて、ジェラートはどうかと提案してくれました。ちょうどプレマルシェ・ジェラテリアが本店設立のために準備していた時期で、試作品を大量に頂いたのです。フレーバーなどは忘れましたが、それを食べたとき、すごく美味しかったのを覚えています。元気になるというか満足するというか、言葉では言い表せないのですが、社長が高校での私を見てくださっていたのもあり、その後、大学進学で上京した際にアルバイトとして声をかけていただきました。将来は広報の仕事をしたいと思ったので、大学では心理学を専攻しました。

凸凹だって
輝ける場がある

——プレマルシェ・ジェラテリア中目黒駅前店のオープニングスタッフだったのですね。
最初は、自宅のある亀有から中目黒まで通うのは現実的じゃないと思いました。とりあえず行ってみると、まだ改装中でなにもない状態。でもここがジェラート店になって、三年後にビルごと解体されるまでの間に2020年東京オリンピックが開催されると聞いて、これからのお店に胸が躍りました。私には店ができあがっていく様子を撮影してほしいとのこと。社長と面接したときに、その場で「良いと思うカメラを調べてくれたら買うから」と言われ、その場で店舗の鍵を渡されたので驚きましたね。まだ契約書も交わしてない子に鍵を渡すって……。今ならそういう方だとわかりますけど(笑)。そこまで信用してくれていて、これから絶対にワクワクすることが起きると思ったので、その場で決めました。

——開店して仕事はどうでしたか。
撮影スタッフとして入りましたが、そのうち接客もするようになりました。私は幼稚園のときにアイス屋さんになるのが夢だったぐらい、アイスが好きなんですよ。じつは、高校生のときにコンビニでアルバイトしたことがあって、まったく合わずに一週間で辞めたことがあって。だから、最初にレジに立ったときは少し怖かったんです。でも当時の店長が接客の細かいことを丁寧に教えてくださったので、半年ぐらいしたらスムーズにやれるようになりました。

——苦手なことをがんばれたのは、売っているものがコンビニと違ったからかもしれませんね。
そうですね。店の閉店作業のときに、ジェラートを全種類一口ずつ食べられるのですが、初めてのときに、フレーバーごとの味がわかると同時に、ただ美味しいだけじゃなくて「感動」が入ったんです。自分が心から美味しいと思えるものを売っているということが、働くモチベーションになりました。

——なぜ就職先にプレマを選んだのですか。入社してなにか変わりましたか。
就職ガイダンスなどで教えられる就活の文化に疑問がありました。でも高校のときに「型がなくて自由にやるのはレベルの低いこと。型をいったん学んでから型を破るのが型破りだ」と写真の先生に教えてもらったことを思い出し、いったん型を知るために就活をして一社から内定をもらいました。そこであらためて自分がやりたいことに立ち返ったときに、今すごく楽しくてがんばっているのはジェラートを売ること、職場をより良い環境にしていくこと。今自分がやりたいことをこのまま続けてもいいんじゃないかという結論に至ったんです。その会社は型にハマった私を見せて入ったのも引っかかっていたし、プレマのほうが明らかにワクワクするなと思いました。
入社して京都に来て、製造にも関わっています。プレマのジェラートがユニークなのは、スーパーフードなどの素材を組み合わせて独自性を出していることと、さまざまなアレルギーや食志向の方にも食べていただけるように、ヴィーガンやノンミルクのフレーバーが半分以上を占めていることです。製造中は、自分が今どういう状態でいるかに意識的になりました。ジェラートはほとんど水分で、エネルギーを受けやすい性質です。不安や怒りなどネガティブな気持ちで作れば味に影響してしまうからです。

——いきなり店長の仕事は大変ではないですか。
私はアルペルガーなので、病院の先生からは店長の適性はないと言われていました。だから、いずれ新店舗を持ちたいし、たくさんの人にジェラートを食べてほしいけど、私が店長をやれるのかという不安があったんです。でも社長や先輩スタッフから、プレマでは人ありきで、その人の特性によって仕事が変わる。周りが協力して絶対に成功させるから大丈夫だと言われました。無理に人を引っ張っていこうなどと思わなくていいし、自分らしくできることを発揮したらいいのだと感じました。それなら私もやれるなと。

——自分の特性を生かして店長をやる姿を見て、勇気をもらう人もいるでしょうね。中学生の来夢さんが今の来夢さんを見たらどう思うでしょう。
思い描いていた大人になれているかはわからないけど、今まですごく変化してきた人生だと思います。決して普通ではなかったのに、両親や先生など、私の幸せを一番に考えてくれる人がいたことが本当にありがたいです。振り返ってみると、変化することを怖がっていた自分はもういない。できないことに足を引っ張られるのではなく、理想を高く持って、これまで変化してきたのと同じように、これからも変化していけたらいいなと思います。

高校時代、稲作をテーマにした舞台「えぷろんず」の一場面

- 特集 - 2022年7月号発刊 vol.178

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