テラ・ルネッサンスが実施しているカンボジアの地雷埋設地域村落開発プロジェクトでは、健康保険制度を村の住民組織が運営するのをサポートしています。日本は国民皆保険と言われるほど、保険制度が国民全体に普及しています。しかし、近年は日本でも健康保険に加入していない(できない)人たちが、高額の治療費が払えず病院に行くことをためらうケースも増えてきて問題になっているようです。カンボジアでは、政府がNSSF(National
Social Security Fund)という日本の労災のような制度を設けており、1800~2000以上の企業などが登録し、総登録人数は30~40万人に上ります。しかし、一番脆弱な環境で生活している田舎の貧困層、農民たちは、こうした社会保障の恩恵を受けることはできません。
カンボジアの農村部に住む農民たちは伝統的に独立しており、協力して何かをしたり、コミュニティとしてまとまって何かをすることが少なかった人々だと言われています。昔はまだ手つかずの森が残っていて、食べ物がなければ、自然になるフルーツや野草、木の実を採取し、小動物や魚を捕獲すれば良かったので、食べることに不自由することはなかったようです。主食のお米を栽培するにしても、余っている土地を切り開いて、一定期間耕せば自分の土地にできたので、土地がなければ森を切り開いて田んぼにすれば良かったのです。こうした生活はお金をそれほど必要とせず、持続的で、ある意味非常に豊かなものだったと言えるかもしれません。
今は、状況が大きく変わりました。何でもお金が必要で、1960年代から人口も倍になっています。2008年の土地バブルでは、土地がお金になることを知ったお金持ちが農村の土地まで買い占め、有り余っていた土地もほとんどが私有地となってしまいました。以前はいなかった土地を持たない小作人が生まれたのです。もう以前のような生活に戻ることは難しく、新しい時代にあった社会を創っていく必要があります。
2008年にプロジェクトを開始したオッチョンボック村。2年が経った今、140万リエル(およそ350USドル)の健康保険が住民組織に貯蓄され、2010年は6家族に保険が適用されました。村人イェム・ヴァンさん(42歳)は、夫のパルさんとともに、昨年HIVに感染していることが分かりました。畑仕事をしていても、すぐに疲れてしまい、仕事も思うようにできず、異変に気付いたのは2010年の前半。病院で様々な検査を受けましたが、異常は発見されませんでした。それでも、頭痛や体に力が入らないなど体の異変が続き、食欲もなくなったためにどんどん痩せていきました。8月になって住民組織から保険として2万リエル(約5ドル)の融資を受け、病院へ再度検査に行きました。そこでHIVに感染していることが分かったのです。
保険は、交通費として使用しました。遠隔地のオッチョンボック村には病院はなく、検査を受けるためには10?以上離れた街まで、悪路を行く必要があります。さらに本格的な大きな病院は、100?以上離れています。治療費は払えても、交通費が足りない例も珍しくありません。ヴァンさんの場合、HIVに感染していることが分かったので、別の政府が運営する病院で、無料で支給される薬をもらうことができるようになりました。その交通費にも保険を使用しました。治療費や薬が無料でも、遠隔地に住む貧困層にとっては、交通費は馬鹿にならない出費です。薬のおかげで病状も安定し、住民組織から受けた保険の2万リエルは、大豆の収穫によって得た収入で12月に返済しました。「家にお金がない時期に、保険として融資を受けられるのは、とても助かります」と話すヴァンさん。農民の場合、収入が入るのは農作物の収穫が終わった後。農作物の栽培のために借金までしている貧困層は、栽培期間中はほとんど家にお金がないのです。そのため日雇い労働者として、地主の土地で働きます。それができなくなると日々の食事さえも困難な状況になります。ヴァンさんは、「病状の安定している現在は、以前のように心配ばかりすることがなくなった」と話してくれました。
全ての生命が安心して生活できる社会の実現=世界平和の実現を目指すテラ・ルネッサンス。今後も、村人たち一人一人が安心して生活できる社会を創っていく手助けができればと思います。
江角泰(えずみ たい)
江角泰(えずみ たい)氏 NPO法人テラ・ルネッサンスのカンボジア事業担当者。 大学時代に、NGO地雷ゼロ宮崎のメンバーとして参加した「テラ・ルネッサンスのカンボジア・スタディツアー」が、テラルネッサンスとの出会い。 現在は、カンボジアにおける地雷問題に取り組む他、弊社が進めるラオス支援活動も担当中。 NPO法人テラ・ルネッサンス >> Premaラオスプロジェクト >> |