紀元前8000年のメソポタミア地方では、人類はそれまでの狩猟採取から農耕へと生活スタイルを変え、小麦や大麦、えんどう豆の農耕を始めていました。人類は野生の原種植物を発見した当初から、美味しく豊かな実りを得ていた訳ではありません。今日の私たちが口にしている野菜や果物が誕生した数千年の歴史を総括すると「突然変異と人の努力の結果」といえます。意外に思われるかもしれませんが、種を残こし繁殖しようとする植物本来の営みと、人類が収穫を求める農耕の営みは、方向が正反対の営みでした。具体事例で紹介していきます。
●種を落とせない植物
野生の小麦や大麦は、成熟すると種を地面にポロポロとこぼれ落とし、野生のえんどう豆は、鞘から爆ぜて地面に種をまき散らして、次世代が発芽します。そして、遺伝情報の突然変異によって、穂に残ったまま種をこぼれ落とさない小麦や大麦、また、鞘の中に残ったまま爆ぜないえんどう豆が生まれました。それらの種は着地して発芽できないため、植物にとっては致命的ですが、人類にとっては刈り取りや収穫できる好都合な突然変異種として、人が選抜して栽培してきました。
●一斉に発芽してしまう種
野生の小麦や大麦、ヒマワリなどの一年草の種は、一斉に発芽せず、年単位で時間をずらして順繰りに発芽することで、気候不順などによる全滅を回避しています。そのため土のなかで長期間待機できるよう、種は分厚い皮に守られています。一方、種蒔きしてもいつ発芽するかわからないのは農耕には不向きです。人類は発芽抑制のメカニズムを持たず、種蒔きするとすぐに発芽する突然変異種を見つけました。そして、「実りの多かった」「味の良かった」「もみ殻が取りやすかった」「病気から生き残った」など、栽培に適した種を選抜して栽培する育種を数千年に渡って続けてきました。
普段当たり前に口にしているうどんやパンも、植物の数々の突然変異という奇跡と先人たちの永続的な努力の結果なのですね。植物の生命と先人の努力に感謝して美味しくいただきたいです。
豊かな実りをつける小麦畑