前号まで、「植物の突然変異と人類の努力の結果」が結びついて、約1万年前から発展してきた農耕の歴史をご紹介してきました。植物は種子を風や動物などさまざまな手段を使って移動させ、大地に根づかせることで生命を次世代につなぎますが、今号では種子を使わない農耕技術の進化をご紹介します。
●枝を挿すだけ
農耕を始めて間もないころの人類が栽培品目を発展させる際、いくつかの条件が重要でした。それには、①種子の発芽が簡単であること、②収量が期待できること、③収穫物の貯蔵ができること、④種子を蒔いてから短期間で収穫できること、⑤大きな遺伝子変化を必要としないことなどが挙げられます。
オリーブやザクロ、ブドウ、イチジクなどの果樹が栽培されるようになるまでには時間がかかりました。それは、前述の④の種子を蒔いてから短期間で収穫できず、3年から10年の長期にわたって見守らなければ収穫できないことが理由です。しかし、紀元前4000年ごろに、これらの植物の栽培において、画期的な栽培方法が登場しました。それは種子を使わず、「挿し木」による栽培でした。植物の若い枝や茎、葉っぱを切って土に挿したり、水中に浸けておいたりすると、切り口から新たな根っこを出す植物の性質を利用した栽培方法です。これは種子から繁殖させるものと区別して、栄養繁殖と呼ばれる技術の一つです。
古代メソポタミアの時代に、河川の氾濫後、ヤナギやナツメヤシの折れた枝先から、新たな成長が始まっているのを発見したのが起源ではないかといわれています。挿し木によって増殖させた苗は、親株と同じ寿命を迎えるわけではなく、数十年〜百年以上も新しい生命を育むことができます。そのため、これを「株の更新」や「若返り現象」と表現されています。この技術により、収穫まで長期間かかるとしても、人にとって都合の良い植物を増殖させることができるようになりました。
現代では当たり前の技術も、かつて新しく発見した先人たちがいます。彼らにはどんな喜びや感動があったのか想像するのも楽しいですね。
ブドウの木