日本一自由な学校、「かつやま子どもの村小中学校」の子どもたちが、パン作りのプロジェクトで今日を訪れました。目的は、パン屋さんにパンの作り方を教えてもらうこと。プレマでお世話になっている京都のパン屋さんで、プロの仕事に触れた子どもたち。手を動かし、知りたいことを自分で見聞きして学ぶ、その姿に密着しました。
かつやま子どもの村小中学校
福井県勝山市にある寮のある私立学校。自由を育む独自の教育方針で、全国に11校の系列校がある。「まずは子どもを幸せにしよう。すべてはそのあとに続く(A.Sニイル)」がモットー。
ブラザー・ベーカリー
京都三条商店街内の、現在3代目の老舗ベーカリー。一番人気は食パン。食事パン、菓子パンの種類も豊富で、朝から夕方までひっきりなしにお客さんが訪れる。
ブランジュリ ロワゾー・ブルー
グルテンフリーと古代小麦のパンの専門店。動物性の材料は使わず、遺伝子組み換えや品種改良なしの原種の小麦で作るパンは、身体にも地球にも優しい。全国にファンがいる。
一年間、自分の興味を
とことん探求する
かつやま子どもの村小中学校は、福井県勝山市にあります。感情、知性、社会性のいずれの面においても、自由な子どもを教育目標にして、子ども自身の発想と実践、自己評価を重視する「自己決定」、一人ひとりの違いを良いことだと認める「個性化」、実際的な課題や具体的な仕事に取り組む「体験学習」を大事にした、ユニークな教育方針を軸にしています。カリキュラムで特徴的なのは、木工、畑、陶芸、演劇などをテーマにした「プロジェクト」が時間割の多くを占めていること。子どもたちは自分の興味に従って選んだクラスで1年間学びます。「くいしんぼうキッチン」は食に関するクラスのひとつ。今年は1年生から6年生まで15名の子どもたちがいます。担当の教員は、弊誌のコラム「自由教育ありのまま」でお馴染みの、中川愛さん。昨年と今年は「パン」がテーマです。パンは子どもたちの関心が高いことや、作るときに創造力を発揮できること、また世界中で食されており歴史や文化があるので、その先の学びが広がることが期待できるとのこと。中川さんによると、子どもたちは食べることが大好き。かつやま子どもの村は寮のある学校なので、子どもたちは毎食を共にしています。朝昼晩に加えて、おやつや夜食も楽しみのひとつ。畑で野菜や米を育てるなど、普段から食に触れる機会が多いといいます。
プロジェクトの活動内容を決めるのは子どもたち。1学期は、色々なパンを作ってみることから始めました。低学年の子はレシピを見て自分でパンを作れるようになり、高学年の子は自分でレシピを考えてパンを作れるようになった子もいました。2学期は、小麦、塩、てんさい糖、天然酵母と、パンの材料作りに挑戦。福井県で開発された小麦のフクコムギや雑穀のシコクビエやアワも学校の畑で栽培しています。小麦は、子どもたちの手で植え付け、収穫、脱穀しました。プロジェクトでは、すべての活動でまず子ども自身が必要なことを調べます。塩は、まず自分たちで調べた方法で、薪で火を焚き、ひたすら海水を煮詰めて作ってみました。その後、県内の製塩所で本格的な塩づくりを見学。教えてもらったことを生かして塩を作った子もいました。試行錯誤することは子どもたちにとって学びのチャンスなので、たとえ遠回りしても、大人はできるだけ口を出さずに見守るそうです。
材料が揃ったところで、次の活動はパン屋さんにパン作りを教えてもらうこと。かねてからの子どもたちの希望に、プレマと縁のあるパン屋さんが協力してくださることになり、11月のある日、子どもたちが遠路はるばるバスで京都にやって来ました。
屋外で火を焚き、海水を煮詰めて塩を作っている様子
DAY1 プロの仕事を肌で感じる
1日目、子どもたちは京都三条商店街にあるパン屋「ブラザー・ベーカリー」の厨房にいました。あんパンとクリームパンを成形して焼く工程を体験します。小さな手で生地にあんやクリームを包み込むのは難しそうですが、どの子も器用に丸い形を作っていました。「学校で作った生地は固かったけど、お店のはふわふわだった」と女の子たち。あっという間に天板3枚分を作り終えると、厨房の中に置いてある様々な機械や道具を見てみんな興味津々。女の子が棚を指差して「天然酵母がある!」と声をあげました。店主でパン職人の里井さんが、蓋を開けて見せてくれると、女の子は匂いを嗅いで「学校で作ったのはカビが生えちゃった」。「それは腐敗したんだね」と言われ、「どうしたら腐らないの?」と質問します。「発酵を途中で止めるために、冷蔵庫に入れるといいね」と聞いて納得顔。
そこで、「パン生地の仕込みを見せてもらいましょう」と中川さん。ちなみに、かつやま子どもの村では、大人は「愛ちゃん」などと愛情をこめてニックネームで呼ばれます。「小麦粉を測ります」と、測りの上にバケツサイズの容器を載せた里井さん。男の子が「1日どれぐらい作りますか?」と質問し、「多い時は8キロ」と聞いて、一同「えーっ!」「僕たちは300gとか……」。大きなセミドライイーストのパックを見て「学校では2年でも使いきれないや」と呟いていました。
次に子どもたちの注目の的となったのが、生地をこねるミキサーです。里井さんが材料を投入し、ピピッとタイマーをセットすると、すごい勢いで中身が混ざり始めます。その様子を見て「なにこれ、早すぎる!」「あっ、もう生地になってる」「すごい、すごい」と大興奮。学校での手作業との違いに驚いていました。タイマーを見て「5、4、3、2、1……」とカウントダウン。終わりかと思えば、さらに速度が速くなって、次の3分がスタート。「何段階あるの?」「4段階あるよ」「この間に別のことができるね」「そう、これを仕込んで、あんパンを包んで、生地ができたら出してとパズルみたいに作業を組み合わせていくから効率的に進められるんだよ」
さらに、生地を伸ばす大きなローラーを見つけた男の子は、操作する様子を見せてもらいます。「この目盛りで厚さを調節して、少しずつ伸ばすよ」「どれぐらいまで?」「普通は5mm、クッキーで4mmくらい」。最も薄い0・75mmに伸ばしてもらって、「うわー、透けてる!」と楽しそう。子どもたちの目には、機械を使いこなし、手際よくパンを作り上げていく里井さんの姿が眩しそうに映っていました。
パンを焼いた後は、里井さんへの質問タイム。「パン屋さんを始めたきっかけはなんですか」「実家がおじいちゃんの代からパン屋さんだったからです」に始まり、子どもたちが用意してきた質問はなんと30個以上。「作るのが難しいパンはなんですか」「パン屋さんでよかったことはなんですか」「新しいパンのアイデアはいつ思いつきますか」といった質問のほか、「きれいな形を作るコツは」「パンをふわふわにする方法は」「発酵時間はどれくらい」といった、パン作りの具体的なコツを聞く質問もありました。
中川さんは、「子どもの村では体験から学ぶことを大事にしているので、実際の仕事場に入れてもらって学べたことは、とても貴重でした」と話していました。
DAY2 命のパンを通して食の奥深さを知る
2日目、子どもたちが京都市北区にあるパン屋「ブランジュリ ロワゾー・ブルー」を訪れると、店主の弘岡さんが試食用のパンをたくさん用意して出迎えてくれました。
「ここでは、普通の小麦は使わず、スペルト小麦、アインコーン、カムートという3種類の古代小麦でパンを焼いています。小麦のご先祖さんにあたる原種の小麦です。今の普通の小麦は、人間が一度にたくさん収穫できるように品種改良を重ねたもので、アレルギーや病気の原因になったりしますが、古代小麦のパンは誰でも食べられるし、栄養たっぷりなので食べると元気になります。これ触ってみてください」。容器に入った小麦のサンプルを見て「僕たちも小麦を作ってる」と男の子。「へえ、すごいね。他には何を作っていますか?」「シコクビエ、アワとか」「いいですね。今は雑穀を栽培する農家さんが少なくなったのでとても貴重です。シコクビエやアワの小さな粒は種で、あの種から次の年にはもっとたくさんの種ができます。その一粒一粒がみんなの命をつないでくれる、とても大切なものなんです」
そこで、焼きたてのルヴァン天然酵母、幻のシコクビエとスペルト小麦のパンが登場しました。ふんわり黄金色で、香ばしい香りがたまりません。その美味しさに、みんな満面の笑顔です。「もうひとつの特長は、動物性のものを使っていないことです」と聞いて、「動物性ってなんですか?」と男の子。「パンの材料では牛乳、バター、卵など、動物から摂れるものです」「なぜですか?」「それは、家畜の多くが遺伝子組み換えの餌を食べていることや、病気を防ぐ薬を投与されていること、家畜の糞尿が環境に良くないなどの問題があるからです」「人間だけの問題じゃないってことかな」「はい、日本にも世界にも食の問題があるので、それを知って、みんなが買い物をする時は人にも地球にも優しいものを選んでもらえたら嬉しいです」
その後も、次々と質問が飛び出します。「なぜロワゾー・ブルーという店名にしたんですか?」「これはフランス語で青い鳥。幸せはすぐ傍にという意味があります。この絵は私の息子が小学4年生のときに描きました」「パン屋さんでよかったこと、苦労したことはなんですか?」「お客さんにありがとうと言われることが一番嬉しいです。以前、普通の小麦でパンを作っていたときは美味しいパンをありがとうだったけど、今は命のパンをありがとうと言われます。普通のパンだと体調が悪くなる人でも、ここのパンは食べて元気になるって。だから朝早く起きていっぱい焼きます。早起きは大変だけど、本当に好きだから辛く感じないです。だからみんなも将来、好きなことを仕事にしてくださいね」
昼食は、プレマルシェ・オルタナティブ・ダイナーのヴィーガン・バーガー。「今日みんなが食べているハンバーガーにお肉は入っていません。世界にはお肉を食べない人がたくさんいます。その人たちが日本に来て困らないように、このお店ではお肉を食べない人も食べる人も一緒に食事ができるメニューにしています」と代表の中川。デザートにジェラートも食べて、お腹いっぱいで帰路に着きました。中川さんは「食の幅広さについて貴重なお話を聞けました。プロジェクトでは、パンを通してその先の世界についても知的好奇心を向けてほしいと考えています。今回の旅で得たことが残りの活動にどう生きるか楽しみです」と話してくれました。
【訂正とお詫び】
『らくなちゅらる通信』1月号の誌面で、P6の本文最後で脱字がありました。
【誤】今回の旅で得たことが残りの活動にどう生き
【正】今回の旅で得たことが残りの活動にどう生きるか楽しみです」と話してくれました。