生物経済学事始

【Vol.30】(最終稿)地球上の全てのいのちを紡ぐための意識革命

 さて、字数の制限があるのでいきなり本論に入らせていただきましょう。ヒトの属性としての日和見と欲望は、ヒトが猿から進化したという生物学上の定説に基づいて考えれば、猿の群れ社会の観察から一目瞭然です。前号でまとめたヒトの属性の三つ目、「属性の正規分布」との関連で考察すると、猿もヒトも群れ社会を構成する中で力の関係も正規分布しますから、権力を握れるのは極少数、大多数はこの権力におもねる日和見集団に属することになります。 猿はヒトと同様群れを形成する種類はほとんどが雑食性ですが、偶然手に入る肉は貴重で最大の御馳走です。チンパンジーの群れ社会でもこの肉が手に入ったときは、ボス猿が独占し、ボスの気に入ったものだけに分け与えることが観察されています。ボス猿に気に入られるために媚びへつらい、ボス猿の交代に備えて右顧左眄、日和見を繰り返すことになります。欲望も正規分布すると考えてよいでしょう。無欲と強欲は少数派で、大多数はほどほどの中庸に位置するのでしょうが、これまで述べてきたように工業文明、物質文明の発達によってこの正規分布の山の頂点の位置が強欲側にシフトしてきた結果、人類は生物全ての共有地である地球を己のためだけに囲い込んで欲望の赴くままに全ての資源を収奪し始めたのです。昨年12月に中国を訪れたのですが、人々の物欲に対する凄まじいエネルギーに圧倒されると共に、このメガトレンドを止めることは不可能に近いことを実感してきました。中国共産党という一党独裁の国でこのトレンドを止めることが出来ないのですから、増して我国のような衆愚政治を続けてきた国での現状が招来されたのは必然の結果でしょう。それでも、日本人の多くはアイルランドのように国家破綻の瀬戸際に立たされるまで気が付かないかもしれません。

 戦後、外力によって導入された民主主義という実体のない体制の中で物欲の充足に全ての知恵を注ぎ、ほぼ目的を達成したのですから、この欲望が作り出した世界不況を良き機会として不易流行の不易に立ち返ることを考えてみてはどうでしょうか。
私達日本人は地球環境からすれば最も豊かな環境にあります。この環境から受けるストレスは、瀬戸内海気候に代表されるように温和で、自ずと自然との共生を体で感じながら八百万の生命を神として敬い、農耕民族として豊かな文化を作り上げてきたのです。

 しかも、江戸時代末期から西欧の侵略という未曾有の国難に直面し、好むと好まざるに関わらず欧化を進め、アジアで唯一といってよい西欧の侵略を阻止した素晴らしい知恵と力を持った国なのです。和魂漢才、和魂洋才を駆使し、奈良時代には世界に先駆けて壮麗な木造建築による木の文化を構築し、自然との共生と調和を不易にして独自の文化を作り上げたのです。しかし、明治から今日までの140年間は西欧の物真似、西欧もどきに終始し、本然の「自然との共生と調和」というDNAを封殺してきました。そして、世界に先駆けて物質文明の壮大な実験を1億人の被験者で進めた結果を今日示しているわけです。

 結果が見えてきたのですから、そろそろ本然に立ち返る時期に来ています。私達はこれまで蓄積してきた叡智を集め、全ての生命が共生調和する環境を作り出す方向にベクトルを向けるべきでしょう。その具体的方法の一つとして農業人口を増やし、少なくとも自給自足できる体制を国家プロジェクトとして立ち上げることを提案したいと思います。

 今日の我国の食料自給率は実質30%を切っています。この30%も5%に満たない農林漁業人口で支えているのです。140年続いた工業立国のトラウマから抜け出せずに、折角民意が政権交代を選択した大きなうねりが来たにもかかわらず、民主党政権は抜本的な政策を打ち出さないまま小手先の対症療法に終始しています。私のように自然科学を究めようと努力を続けている者の目から見ても、ヒトの際限もない欲望、快適性を持続、満足させるための先端技術はもう生まれないであろうと思います。歴史の教訓からすれば文明は全て滅ぶ運命にあるが文化は綿々と継続してきました。文明の本質は「画一的皮相的」であるが、文化のそれは「統一的根源的」といえるでしょう。

 地球上の全ての生命体は、いのちの交換によって夫々のいのちを紡いできたのです。このことからすれば農業を基本とするもの作りによる物々交換はいのちを紡ぐ本然であり、この行為を通して共生と調和が達成されます。生物経済学はこの考え方を基本にしてもう一度経済の仕組みに対する意識革命を進めるべきではないかと考える次第です。

 終わりに当たって、舌足らずで独りよがりの感もしますが、12回に渡るシリーズにお付き合い頂いた皆さん、紙面を作っていただいたプレマの中川社長にお礼申し上げます。

(終)

野村隆哉

野村隆哉(のむらたかや)氏
元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。

【Vol.29】(その11)経済学のノヴァ・パラダイム

 師走に入ると周りが何となく気忙しくなってきました。加えて新型インフルエンザで大騒動ですが、今のところニュースで騒ぎ立てるほどの大きな被害が出ていないのが幸いです。他方、民主党に政権が移り国家予算の仕分けが耳目を集めていますが、賛否両論賑やかな中でこれまでの官僚政治の杜撰さ、収奪の仕組みのごく一部が白日の下に曝されたのは画期的な事でしょう。

 前にも書いておいたかもしれませんが、故人となられた草柳大蔵さんから聞いた話で、平成に入ってからの4年間で政府の財政出動は60兆5000億円に上ったにもかかわらず景気は少しも動かなかったそうです。しかるに、昭和50年代には1兆円の財政出動でその1・4倍、すなわち1兆4000億円の効果となって、合計2兆4000億円の経済効果による市場活性化につながったとのことです。10年ほど前に、私が色々指導していた竹炭生産組合が林野庁の外郭団体から補助金を受けたのですが、850万円の補助で手元に届いたものは185万円、実に78%の中抜きです。問題になっている天下りも、給料だけが問題視されていますが、一人に掛かる諸経費を入れると3000万円は超えるでしょう。200人で60億円、前回のコメ作りで換算すると、1万人の農民が4万町歩(4万ha)の水田から得られた純益60万円を差し出して僅か200人の無為徒食の輩を養っていることになります。通常、産業連関では、この60億円が経済の血液として循環すれば最低でも10倍の経済効果になるはずです。数年前に、マレーシアで廃棄されているオイルパームという実からパーム油をとる椰子の幹の廃材を有効利用する技術を確立したので実用化のプロジェクトを立ち上げたいとNEDO(新エネルギー開発機構)に提案すべく理事長と面会したのですが、その尊大さにあきれてしまったことを思い出します。草柳さんの話から推定しても平成に入ってからの21年間、壮大な無駄を政官で行ってきた結果が現状に反映しているのでしょう。

 今回の447事業の仕分けで大雑把ですが2兆円の無駄の削減に繋がったのですが、全体の事業3000件以上では15兆円の削減が可能でしょう。これを産業連関となる有効な財政出動の原資にすればと考えていますが、今の政治家のレベルでは疑問符が付きそうです。
 さて、これまで述べてきた生物経済学のまとめに入りたいと思います。

 まず、生物経済学の基本となる枠組みを確り決めておかねばなりません。これを箇条書きにして示します。 ・ジオスフィア(地球圏、生存圏)では、全ての生物は「共生」と「調和」 というキーワードによっていのちの連鎖、生命の循環を崩さない。

・ジオスフィアでは、食物連鎖という物々交換の経済を基本とする。これはゼロ・エミッション(理想循 環系)と呼ばれるもので、本来、自然はピラミッド構造をした食物連鎖の中で環境を汚染することなく 全てのいのちの循環系を確立した。 これはいのちの物々交換と呼ぶべ きものであろう。

 上述した「共生」、「調和」および「ゼロ・エミッション」という生物経済学の枠組みに沿ってヒト(ホモ・サピエンス)という種の保続を図るためにはこれまで人間本位で作り上げてきた経済の枠組みを根本から見直し、勇気を持ってノヴァ・パラダイムの構築を急がなければならないのではないでしょうか。このノヴァ・パラダイムを構築する上で、これまで述べてきたヒトの属性を明確に認識しておく必要があります。これまでの人類の歴史にあって、過去の著名な文明は周辺を砂漠化して滅亡したが、その文明の及ぶ範囲が地球上ではローカルであったため、ジオスフィアに与える影響は小さいものでした。ところが、産業革命以降の機械文明、物質文明はジオスフィア全体に及ぶ巨大な影響力を与えつつあることは周知の事実です。しかし、ヒトの属性は滅亡した四大文明の時代から何ら進歩していないどころかホモ・ストレシスと呼ぶべき新人類の比率が増大する中で肥大化する方向に向かっていると思われます。これまで述べてきたヒトの属性を大胆且つ簡略にまとめると以下のようになります。

1.身体的、精神的快適性の追求。
2.日和見と欲望。
3.属性の正規分布(全ての生物種において、それぞれの種を構成する各個体の持つ身体能力や機能は正規分布する)。

 1.は、ヒトという種が身体能力として自然との共生、調和とは相容れない発達の仕方をしてきたことによって必然的に形成されたもので、手を使い、火を操り、更に文明の利器を手にしてこの追求は快適性獲得のための手段としての金銭、快適性の受容器としての脳に特化してきたようです。

 残念ながら予定の字数になりました。続きは最後の原稿に廻すことにします。

野村隆哉

野村隆哉(のむらたかや)氏
元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。

【Vol.28】(その10)経済学のノヴァ・パラダイム

 10月末から11月初旬までわが研究所はインベーダーの襲来のような騒ぎになります。冬ごもりのカメムシ、テントウムシ、蛾の仲間のムラサキシタバ。特に、カメムシは大変です。うっかり触ろうものなら強烈なガスを放出し、そのにおいもさることながら、直接皮膚にこのガスが当たると針に刺されたような痛みに襲われます。これも自然との共生とあきらめ、カメムシ達が冬眠のねぐらにこもってくれるのを待つしかなさそうです。
さて、生物経済学事始のまとめに入りたいと思いますが、その前に先進国、中進国、発展途上国を問わず今日進められている工業文明を基盤とした経済成長率至上主義が近未来にもたらされるであろうカタストロフィーについてまとめておきましょう。
まず、ブラックユーモアのような現実を数字で並べてみましょう。

  • 4町歩(1万2千坪)の水田からの年収は622万円、諸経費(562万円)を差し引いた残りは60万円。石川遼君という18歳のプロゴルファーの年間賞金獲得料は1億2千万円。これをコメ作りで得ようとすると約72・7町歩(21万8千百坪)の水田を一人で作らなければならない。
  • 樹木1本の年間保水量は5万7千ガロン(約216トン)。直径50cm、長さ4mのスギ丸太(約80年生)の値段が3万5千円。
  • 消費大国アメリカは、毎年世界中から8千億ドル(80兆円)の借金をする一方で消費を煽るための広告宣伝費に年間5千億ドルを使っている。
  • 地球上の人口が10億人になるまで15万年かかったがこの130年で10億人の人口増。
  • 地質年代での古生代の終わりの年代をペルム紀と言うが、今から2億6千万年から3億年前、この時代の終わりに起こったカタストロフィーで地球上の生命の95%以上が絶滅したといわれている。約4千万年続いたのであるが、人類が現れ、火を使い始めた40万年前を現生人類のスタートと考えると、このまま経済成長率神話を信奉し続けることによって工業文明を拡大していけば短くて200年、長くても千年後には地球上の生命は人間の手によって壊滅するだろう。地質年代でペルム紀と比較すると、百分の一、今日の地球環境破壊の要因が生まれた近代文明が19世紀から始まったとして、今から200年後にカタストロフィーが来るとすると400年、ペルム紀の千分の一の短期間で人類自らの手によって絶滅することになる。
  • このまま地球温暖化が進むと、今後20年から30年で北極海の氷は全部溶けてしまい、海面の上昇で1億5千万人が難民となる。ところが、これをビジネスチャンスと考え、北極海の航路の利権を手に入れようと真剣に考えている輩もいる。正にブラックユーモアである。

 以上、極僅かな事例を挙げたのであるが、これらの事について多くの叡智が警鐘を鳴らし続けているにもかかわらず大多数の者は目先の対症療法で切り抜けることしか考えていません。多くの人々に影響を及ぼせるような叡智を持つ人は地球上の60億の人間の中の1万人もいないでしょう。地球上の総人口の0.00017%に過ぎない。その一方で、今日の工業文明の中心であるコングラマリット(世界企業)は、これまで述べてきたホモ・サピエンスの本質である「快適性の追求」という欲望を大衆化、肥大化させるため商業主義を基本にして消費者民主主義とも言われている欲望の無限の追求に歯止めを掛けないシステムを作り上げると共に、企業をグローバル化させ、彼等が生み出す環境破壊を巧妙に分割、分断させることで今日の地球環境の置かれている現実を覆い隠しています。目先の欲望充足のために夢中の一般大衆は、快適性を追及するために次々に生み出される工業製品とこれを巧妙に売りさばくための宣伝広告の虜になってしまっているのではないでしょうか。このコングラマリットに関わる人口は世界の億万長者の数から推定しても100万人を超えることはないでしょう。そのほとんどがホモ・ストレシスという新人類に分類されると考えられます。彼等は人間の低次元の欲望の求道者であり、この低次元の欲望の達成は多くの人々の民意であり、成功者は憧れの対象でもあるのです。このコングラマリットを担う人種は、「いのちの共生」という枠組みに棲んでいません。

 本来、国家を担うべき政治の機能としての政府は公益を代表するものであり、人間個々人が本質として持っている際限もない欲望の肥大化を抑制し、調和させる役割を担うべきものですが、コングラマリットに取り込まれ、金まみれの政治システムが世界中を席巻してしまいました。この体制を変換しない限り、私達は近未来の地球環境の崩壊というカタストロフィーに突き進むでしょう。

 私達大衆は、「吾唯足るを知る」を基本とし、政府は公益の代表者として、執権を持ち法の強制によって導いていかなければ生き残る術はないように思われます。
本小論の残り2回で私なりの問題解決のための私案をまとめてみたいと考えています。

野村隆哉

野村隆哉(のむらたかや)氏
元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。