バリ島のテジャクラ村で、自然の力だけを利用し、500年以上続く伝統製法で作られる完全天日塩。御塩屋ごえんやの代表・渡部氏は、約20年前にこの塩と出合ったとき、自然の光景、塩田、職人さんたちの仕事ぶりの美しさに感動したと言います。テジャクラの塩が美味しい理由を探りました。
日頃からヨガや自然食など健康的な生活を送る渡部さんが勧める健康法は、テジャクラの塩を使った鼻うがい。長年、風邪知らずなのだそう
もともと海が大好きで、インドネシアのバリ島に通っていました。あるとき、バリ島でダイビングショップを運営する友人が、バリ島に近いレンボンガン島でダイバー向けの宿を始めることになり、私はスタッフとして働き始めました。
レンボンガン島では物資が少ないため、定期的にバリ島に買い出しに出かけます。ある日、出店の軒先に、カゴに盛られた白い塊があるのに気づきました。店のおばさんに「これはなに?」と尋ねると、「舐めてごらん」と。舐めてみると塩でした。それも、すごく美味しい。さらに「後ろを見てごらん」と言うので振り返ると、塩田が広がっていたのです。そこで初めて、塩を作る光景を見ました。じつは私、子どものころから塩が好きで、マヨネーズなどの代わりに、なんにでも塩をつけて食べる子だったんです。〝マイ塩〟を持ち歩き、夏休みの自由研究では塩の結晶を作ったほど。その塩への愛情がふわっとよみがえった気がしました。それ以来、日本に帰国する際に、友人たちへのお土産として大量の塩を持ち帰る私を見て、宿のスタッフが「僕の出身の村では昔から塩を作っているよ」という話をしてくれたのです。それが、バリ島の北東にあるテジャクラ。街から4時間以上かかる辺鄙な場所ですが、お願いして連れて行ってもらいました。
そこで見たのは、きれいに整えられた塩田で、仕事を始める前に感謝の祈りを捧げる職人たちの姿。彼らの無駄のない肉体、重労働を笑顔でこなしていく様子など、すべてが美しく、衝撃を受けました。バリ・ヒンドゥーでは、自然と共に生きること、自然に感謝することが生活の一部。「揚げ浜式塩田」と呼ばれる製塩法は、機械や火を使わず、海水、太陽、ココナッツの木という自然の力だけを利用します。直接汲み上げてきた海水を塩田に撒き、濾過と天日干しを繰り返して完成した塩は、自然のミネラルバランスが保たれ、旨味がぎゅっと凝縮していて美味しい。世界で唯一、自然結晶でできたピラミッド型の塩を見たとき、人間の力だけではない、神秘的なものを感じました。
話を聞くと、テジャクラの塩作りは500年以上続く伝統ではあるが、いまや生産者は3軒だけ。売り上げは二束三文で、後継者もいない。こんなに素晴らしいものが、本当にもったいないと思いました。そのとき、夫も一緒だったのですが、これは私たちが日本で広めるしかないと決意。数ヶ月後には日本に帰国し、会社を立ち上げました。でも、輸入はおろか物を販売するのも初めて。さっそく試しに船便で日本に塩を30キロ送ってみたらカビてしまったり、現地に必要なテントを建てたり、エコなパッケージを探すのに電話を100件以上かけたりと、一つひとつ日本で売るための課題をクリアにしていきました。友だちの店に置いてもらうことから始め、夫も私も他の仕事をしながらコツコツ続けていましたが、私たちのような小さな商品は、他にたくさんある商品に埋もれてしまいがち。このままじゃ広まらないと、味を知ってもらうために、おむすび屋を始めました。最初の店は、東名高速の足柄サービスエリアの仮設テント。無農薬の米を精米し、全部手むすびで、何百個と作るので、すごく大変でしたが、少しずつリピーターになってくださる方が出てきて、それがすごく嬉しかったです。その後、五反田に移って3年ほど続けましたが、私の出産を機に店を閉じることにしました。
じつは、もうやめようかと考えた時期もあったんです。でも、その間もバリ島と行き来していて、現地の職人さんたちが、「ポンプを作ってあげるよ」とか「屋根の下でやれば」というような産業化の誘惑に見向きもせず、頑なに伝統製法で塩を作る姿を見て、やっぱりこの塩は手放したくない、と思い直しました。屋号を「御塩屋ごえんや」に改め、オンラインショップやパッケージもすべて見直し。私が代表取締役になり、責任をもって向き合い始めたら、塩に導かれるように展開が変わっていきました。この人に会ってみてと言われて塩を持っていくと、長くお付き合いできる関係になったり、ファーマーズマーケットに出店するうちに、口コミで知られるようになったり。この塩をプレゼントしたらとても喜ばれたと仰ってくれるお客さまも多いです。塩は、調味料というだけではない、文字通り縁をつなぐ本当に素敵なもの。20年近くかかりましたが、おかげさまで最近は取引先も増え、ようやく塩一本でやっていけるようになりました。現地でも、生産者が15軒に増え、年間12トン出荷できる状況に。インドネシア国内や海外でも広まりつつあるようです。
テジャクラの塩には、太陽や海など自然のエネルギーがぎゅっと凝縮しています。そして、職人さんたちの塩を愛する思い、製造や輸入に関わるすべてのスタッフの思いが乗っている。小さな村から発信する小さな塩ですが、これからも自然や人と深くつながれるこの塩の力を信じて、みなさまにお届けしていきたいです。