バイリンガルの言語遅滞

アメリカ・ロサンゼルスで生まれた2人の息子たちは、プリスクール（日本でいう幼稚園）に通いだしても、言葉の発達が普通のアメリカの子どもに比べて遅れがちでした。

それは両親とも日本人である日系の家庭に共通する悩みでもあります。家のなかでは日本語、プリスクールへ行けば英語という環境のなかで、バイリンガルの子どもたちというのは、生まれながらに二つの言語を同時に吸収していくわけですから、異なる言語オペレーションシステムをダウンロードして、それを切り替えながら覚えた言葉を使いこなせるようになるまでには少なからず混乱し、言葉を発することが若干遅れがちになる、ということです。

発達に特に問題のなかった長男ですら、やはり言葉の遅れが気になりましたが、あるときから急激に言語回路がつながったかのように、ペラペラと話せるようになったので、2歳下の次男の言語遅滞がみられても、気にしすぎることなく様子を見ていました。しかし小児科の先生からは、発達を専門とする先生に早めに診てもらったほうがいいと言われていました。おおらかに構えていたつもりでしたが、正直なところ、親の心理として、楽観視していたというよりも、むしろ現実から目を背けていたことは否めません。

喋らないのは理由がある

しかし、ある日、次男のとった態度をきっかけに、私は彼の持って生まれた魂の資質と成長のペースを、全面的に信頼しようと決めたのです。

それは次男が3歳だったころのことです。カリフォルニアのブルースカイが美しい休日に、家族４人でＬＡ郊外にある自然公園へ行きました。子どもが小さいころはなるべく自然に触れさせたいという思いもあり、大きな木々が枝を揺らしながら歓迎する小道を歩いたり、森に響き渡る美しい鳥たちの合唱を聴いたり、太陽の光が反射してキラキラと揺らめく小川でびしょぬれになって遊んだり。自然と戯れる子どもたちの無心な表情を見るのがとても楽しくて嬉しくて。

そのとき、小川で遊ぶ子どもたちを見ながら、私はふと自分自身の自然体すぎる態度に疑念を抱いたのです。私はほかのお母さんに比べて口数が圧倒的に少ないタイプかもしれない。意識して子どもたちに語りかけることも、あまりしていない。ひょっとしたら、こうした私の子どもに対する積極的とは言い難い接し方が、言葉の遅れに影響しているのではないだろうか、と。

そこで私は、こういうときこそ積極的に語りかけ、遊びながら言葉を覚えるチャンスなのかもしれないと思い、水と戯れる次男のそばに近寄り、こう語りかけたのです。
「あー君、これがおたまじゃくしっていうんだよ。大きくなるとね、手と足が出てきてカエルになるの……」。
無心に遊ぶ子どもにしたらどうでもいいようなことを、あーだこーだと語り続ける私に向かって次男は突然踵を返し、力強い目で私を見つめ、小さな手で私の口をふさぎ、一言「ＮＯ!!」と言ったのです。

私は驚きました。息子のその視線は3歳とは思えないほどとても大人びていて、強い意志を感じたからです。
「僕は今、自然を感じたいんだよ！　言葉なんて必要なくて、感じたいんだよ！　言葉はいつだって覚えられる。けどこの地球の自然を全身を使って今は感じることが先なんだよ！　マミーは黙ってて！　僕が今したいことを止めないで！」

それは彼のもっとも深いところからの訴えのようでもありました。私はそのとき、確かに彼の魂からの声を聞いたのだと思います。それ以来、彼の言葉の遅れを必要以上に心配せず、場の空気にそぐわないような、無理に言葉を覚えさせようとする働きかけをやめました。