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子どもと情緒

【Vol.34】醸し出す

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 既にお話ししたように、情緒はヒトの機能の中でも特に繊細な機能で、育てるのにやたらと時間が掛かり、壊される時はいとも簡単に壊れてしまうように思える。

 情緒を育てるには、「醸し出す」という言葉が最も相応しいように思うが、この言葉も現代では死語になりつつある。昔、毎日新聞に頼まれて「子どもとつきあう」というコラムを担当したことがあるが、「醸し出す」というテーマで書いた一文を再現させていただこう。

 『息子の亮介が、話し言葉をようやく覚えだした2歳の頃である。朝早くから起き出して、「これ何」「あれ何」とそれはうるさいほど質問する。ちょうどフキノトウが庭のあちこちに芽生えだした頃のこと。これに興味を持ったのか、私を庭に引っ張り出しては、フキノトウを指差し「これ何」「フキノトウ」、「あれ何」「フ・キ・ノ・ト・ウ」。いくつも出ているのを見つけ出しては、片っ端から聞く。「亮介、これはフキノトウ、フ・キ・ノ・ト・ウ、言ってごらん」。返事はない。そのくせ他のものには目もくれず、フキノトウにこだわり続けた。2日目もまた、同じ質問を繰り返し、自分では決して声に出さなかった。

 私は幾度も「フキノトウ」と言わそうとしたが、頑固に答えなかった。4日目の朝、私の手を引っ張るようにして庭に出て行き、「これ、フキノトウでしょう」と自分から話した。いま思い出しても、その折の息子の得意な表情が鮮烈である。この時、「かもし出す」という言葉の意味を大きく感動を持って息子から教えられた。』

 このわが子の例でも分かるように、幼児は大人に比べて身体的な劣勢にもかかわらず脳の発達は意外と進んでいて、自己確認という作業を頭の中で厳密に行っているように思える。自分が見たものがフキノトウという名前であることを、こんなに短い、たった5文字の言葉を納得するまでに4日間を掛けている。生まれて初めて自分の目で見て、確かめてみたフキノトウの花の具体的な形を、抽象的な「フキノトウ」という名前にして認識するという作業が幼い子どもにとっていかに大変なことだったか、子ども時代を忘れてしまった大人たちには理解できないことが多いのではないだろうか。

 息子の4日間を見てみると、酒の熟成と同じで、彼が興味を持った対象とそれに付けられた名前が一体化するまでの熟成期間と考えられる。教えられれば直ぐに「フキノトウ」と答えられる子どももいるし、自分で納得するのに10日間掛かる子どももいるだろう。数字の0の意味を考え続けているために次の一歩に進めないでいる子どもは、算数、数学が出来ないと決めてかかれるのだろうか。その子どもの悩みに細やかに関わって解決の方向に導いてやるのが教育ではないだろうか。教育とは、まさにこの「醸し出す」という時間を一人ひとりの子どもたちに与える場を作ることにあるのではないかと思っている。「醸し出す」時間を与える場が家庭であり学校であり、社会でなければならない。偏差値で競争させることではないのではないだろうか。

 心の中で醸し出すこともなく、フキノトウと直ぐに答えられる子どもだけが大切にされてきた結果が今日の我国の現状であると私は考えている。フキノトウにこだわった息子は東大に入ったが、夏休みに帰宅した折、あきれ顔で話したことが印象に残っている。「親父、国家公務員の上級職を受けようとしている連中は、1年の時から一日4時間以上も試験勉強をやっているよ。」確かに、頭脳は明晰で要領を飲み込むのが速いのだろうが、官僚組織という出来上がった組織の中でいち早く権力の場に上りつめる手段にのみ人生の目的を置くという功利的な知恵を早くして感知するのか親から教えられるのか分からないが、何とも言えないさもしさを感じる。公務員とは、字のごとく公に勤めることであろう。それが私欲のために公務を選ぶのである。このような連中に国を任せれば国民が真面目でもいずれ滅びの道をたどるであろうことは火を見るより明らかである。我国では、東大、京大に入ればエリートと呼ばれる。人によって、国によっても「エリート」の定義は異なるようであるが、私はスペインの異色の哲学者、オルテガ・イ・ガセットと同じ考え方をしている。すなわち、「エリートとは、私心を捨てて己の才能を世のため、他人のために使う人」である。このような心を持つ人間の核になるものが「情緒」ではないかと考えている。

 この「情緒」を幼児から育てるために、それが確りと形成され醸し出されるためには時間と、酒造りに例えれば、大吟醸を醸し出すためのよい器とよい酒酵母が存在する場が必要である。世界一物質文明の発達し、自由を謳歌してきた国で、精神疾患で病院を訪れる患者の数が一日に平均23万人にも達するのは異常であろう。この事実は、情緒を醸し出す時間を与えられなかった人々の悲しい訴えのような気がしてならない。


野村隆哉

野村隆哉(のむらたかや)氏
元京都大学木質科学研究所教官。退官後も木材の研究を続け、現在は(株)野村隆哉研究所所長。燻煙熱処理技術による木質系素材の寸法安定化を研究。また、“子どもに親父の情緒を伝える”という理念のもと、「木」本来の性質を生かしたおもちゃ作りをし、「オータン」ブランドを立ち上げる。木工クラフト作家としても高い評価を受けている。
オータンの「木の動物たち」 >>

- 子どもと情緒 - 2010年6月発刊 Vol.34

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