代替医療の世界で広く知られている鍼灸を扱うには、国家資格を取得しなければなりません。しかし、鍼灸理論の重要な概念である経絡は、科学的な観点からはその存在を確認されていません。具体的にいえば、現在、機器で「気」を測定する科学的な方法が存在しないからです(ツボを検出する装置はあります)。
経絡が皮膚近くに存在するツボ(経穴)という場所が定義されています。ツボを見つけられても、経絡を見つけるのが難しいため、多くの鍼灸師は「経絡の存在を証明できた人はいない」と信じているようです。しかし、鍼灸師でもあった故・井村宏次先生は、ツボを刺激すると過敏に感じる7人の助けを借り、経絡の働きを確認しておられます(『サイ・テクノロジー』P68)。
井村先生は生前、興味深い研究をたくさんされていました。山に登り、立ち昇る山の気を見て、金が埋まっているかどうかを確認する研究もおこなっていたようです。金の気は赤いのだそうです。このコラムを読んでいる方のなかに気に敏感な方がおられたら、ハイキングのついでに山から昇る気を感じてみると良いかもしれません。
経絡は治療のために考案された概念と捉えられがちですが、それだけではありません。エネルギーの観点から捉えようとすると、古代中国から伝わっている「五術」を考える必要があります。五術とは、命、卜、相、医、山をいいます。命とは、四柱推命というとわかりやすいと思います。生年月日時のエネルギーからその人の運勢を占うものです。卜とは、今の時のエネルギーの状態からこれからの変化、未来をみるもので、易占などをいいます。相とは、人相、家相、手相などのような目に見えているエネルギーの状態に時の変化の前兆を見出すもので、日本では風水といえばわかりやすいでしょう。医は、先に書いたように鍼灸に代表される中国医学です。山は、身体を養う気功、瞑想、食事などのことをいいます。
これらはそれぞれ捉え方が違いますが、すべて同じエネルギーを扱うものだと考えられています。五術は今もアジア圏では生き続けていて、中国や東南アジアでは研究が進んでいます。特に命の占いについては、日本の占い師も台湾やシンガポールの流派に属して研鑽を積んでいる方は少なくありません。
さらに五術の考え方は中国圏に限らないのです。たとえば、経絡の原型はインドの伝統医学アーユールヴェーダに見ることができます。それぞれの呼び方は違えど、アジア全土で見えないエネルギーの存在を感じ、応用してきたといえるでしょう。
五術の考え方を知ると、まったく違う世の中の動作原理に気づきます。短くまとめると、次のようなものです。世界は、物理や化学反応だけで成り立っているわけではなく、反応を出合わせる縁の性質により変化していく。物質主義では偶然で片付けている「縁」の関係を、東洋のエネルギー研究では重要視するのです。この「縁」を哲学的に捉えたものが仏教です。
少し話が脱線しますが、仏教は日本に6世紀(538年とする説が有力です)に伝来し広まり、神仏習合という日本独特の考え方により神道と合体して明治時代まで続きました。江戸時代の戸籍は、宗門人別帳により全国民が寺か神社で管理されていました。仏教の基本はお釈迦様が説いた「一切皆苦(人生は苦である)」「諸行無常(変化しないものはない)」「諸法無我(すべては繋がりのなかにある)」「涅槃寂静(輪廻転生を抜け出し涅槃に至る)」です。この教えは宗派の違いがあれど、1000年以上にわたり日本人に受け継がれてきました。それにもかかわらず、現代において魂や縁についての哲学はまったく知られず、無視されていることは、とても面白いことではないでしょうか。