1986年4月、旧ソ連のチェルノブイリ原発が爆発しました。放出された放射性物質は周辺地域を著しく汚染しただけではなく、風にのってヨーロッパにも押し寄せました。この事故が明確にしたのは、現代に多用される新しい技術は便利で快適な生活をもたらすだけでなく、ときとして私たちの安全な生活を脅かすものであるという事実です。この事故をひとつの転機として、ヨーロッパでは放射能の危険性だけに留まらず、農薬や化学肥料がもたらす弊害がクローズアップされ、その後のヨーロッパにおけるオーガニックの広がりのきっかけとなったのです。 かたや日本ではどうでしょう。巨大メディアはもとより、放射能の危険性について毎号のように特集する週刊誌ですら、「いかに放射能は危険で、政府は信用できないか」を繰り返すに留まり、農薬や化学肥料、遺伝子組み換えや生活に忍び込む殺虫剤の危険性、有害電磁波のもたらす害についてまで言及する記事を目にすることはほとんどありません。放射能の影響を軽視するものではありませんが、私は、現代の健康や今日を脅かす汚染は「複合汚染」であり、福島の事故は深刻ではあるけれども、そのうちのひとつでしかないという見方をしています。放射能汚染を心配して遠方産、昨年産の食品を買い占めようとする消費者のうち、どれだけが「安い食品や生活用品には裏がある」ということを意識しているかについての疑問は、以前の本稿でも触れました。メディアの立場から言えば、スポンサーあっての仕事です。東京電力の広告出稿は控えられたとしても、食品や生活用品、通信関連の企業からの広告まで控えられたらたまったものではありません。よって、「その他の多種多様なリスク」について言及することは、ほとんど不可能に近いのです。
これらはたとえどれだけ意識的に原発から遠ざかったとしても、意識しなければその辺に転がっている日常の一部なのです。想像してみて下さい――体のできていない可愛い私の赤ちゃんに(石油由来の界面活性剤を使った)ボディソープで除菌してキレイキレイでいいにおい、まだ歯が生えていないので(ポストハーベストで汚染され、未熟であるので毒素のある輸入品の)柔らかいフルーツを食べさせ、お部屋では(猛烈な害のある化学物質からできた)蚊よけをスイッチオンで快適、赤ちゃんはハイハイするので(石油由来の殺菌消臭剤で)お部屋をリフレッシュして清潔に、除菌力のある洗剤(○○無添加と書いてあるので見た目は安全なようで内実、普通の漂白剤・柔軟剤入りの石油系合成洗剤)でベビー服を真っ白に、離乳食は(農薬を50回以上振りかけた)健康的なお野菜でヘルシーに・・・・・・。赤ちゃんのベッドは(強力な電磁波=電場・磁場の両方を強力に放出する)電動でゆらゆらしてくれるからいつもゴキゲン。お出かけはエコな(普通の測定器の針が振り切ってしまうほどの磁場を出す)ハイブリッドカーで。そして(遺伝子組み換え小麦からできた)スナック菓子と女性週刊誌片手に「ああ、やっぱり放射能は怖いから、去年のお米どこかに残ってないかしら」とため息。一見すると極端に見えるかもしれませんが、弊社のお客さまではあり得ないにせよ、その辺に転がっている生活の一般的な姿ではないでしょうか。
もうそろそろ、私たちは便利で快適、極端に高い生産性の裏には必ず隠された秘密があることを真剣に意識した方がよい時期に入っています。放射能汚染の責任は東電や政府に向かって追及したとしても、ほかにどこにでも転がっている諸問題を放置したままでは結局同じようなことがどこかで繰り返されるものです。原発事故はひとつの重要なシンボルとしてこの日本にもたらされました。その深い意味をくみ出すのも、また表面的なできごとの責任追及に終始するのも、私たちひとりひとりにかかっています。
ここまで読まれて絶望感を助長したとしたら申し訳ありません。このようなことを考えつつも、私はこの国に素晴らしい未来を感じています。これだけの苦難にありながら、高線量地域で夏の炎天下、保護者有志が集まり通学路を除染する姿。原発事故に見舞われながらも、決して諦めない福島の無農薬生産者さんの努力。あえて福島に残り、またはあえて戻る中国や沖縄の人。福島からの子ども疎開を無償で受け入れる家族・・・・・・チェルノブイリではできなかったことが、この国では続々と起きています。その先にほんとうに必要なのは「私たちは何と引き替えに便利さ快適さを享受し、何を諦め、何を諦めないのか」という認識と覚悟のような気がするのです。