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中川信男の多事争論

「多事争論」とは……福沢諭吉の言葉。 多数に飲み込まれない少数意見の存在が、 自由に生きるための唯一の道であることを示す

プレマ株式会社 代表取締役
ジェラティエーレ

中川信男 (なかがわ のぶお)

京都市生まれ。
文書で確認できる限り400年以上続く家系の長男。
20代は山や武道、インドや東南アジア諸国で修行。
3人の介護、5人の子育てを通じ東西の自然療法に親しむも、最新科学と医学の進化も否定せず、太古の叡智と近現代の知見、技術革新のバランスの取れた融合を目指す。1999年プレマ事務所設立、現プレマ株式会社代表取締役。保守的に見えて新しいもの好きな「ずぶずぶの京都人」。

【Vol.98】「違い」の発見

投稿日:

 今から、読者の皆さまにちょっとした質問をしますので、ぜひ答えてみてください。 問い:「青色」を想像してください。青色と言われたとき、何を想像しますか? ……さて、何を思い浮かべられたでしょうか。 この質問は、実際の社内ミーティングの時に、参加者に問うてみた質問です。お客様コンサルティングチーム、つまりお客様のご要望にお応えしたり、ご質問への回答をメールや電話で行うメンバーが集まった会議の席でした。「青色」を想像してください、といわれてそれぞれの答えはこんな感じでした。
① 絵の具のチューブから出ている青の絵の具
② 広い空とその青
③ 大海原とその青
④ ただ、色の青を頭いっぱいに感じた
⑤ 碧(みどり・あおの両方の意味がある)
を想像した 同じ京都の、同じ職場で働いている、すべて日本人、そしてすべて女性のメンバーでもこれだけの違いがあります。ついつい犯しがちな私たちの勘違いの一つは、「誰もが、私と同じように考えている」という錯覚です。青という誰でも知っている言葉を想像して、これだけ違うのですから、私たちのコミュニーケーションとは、誤解の連続である、ともいえるかもしれません。

多様性のほんとうの意味

 多様性、という言葉がよく使われるようになりました。その周辺には、マイノリティーとか、個人主義とか、いろいろな関連ワードが思いつきます。そのいずれもが、実はほんとうのことを言い表していない気がしてなりません。特に日本は島国ですから、基本同じような考え方をしている人たちが集まっている、という前提のもとに日々を暮らしています。国境線は海の真ん中にあるわけですから、陸続きで違う言葉、違う考えの人が往来しているのとは確かに訳が違います。このところ、訪日外国人数が増え、外国の方がたくさん日本にやってくるようになって、戸惑いを隠せない人も多くいらっしゃることでしょう。どうしても、自分の考え方、習慣、見た目が違う人が多くなってくると違和感を感じるのは当然のことです。ちょっと視点を変えてみましょう。私たちの肉眼で見ることのできない微生物の世界では、違う性質をもった多くの生き物たちが共生しています。実は私たちの身体の内外でも、たくさんの全く違う微生物がときにお互いを補完し、ときに勢力争いをしています。たとえば腸の中も皮膚のうえにも、そういった存在がたくさんいて、私たちを生かしてくれているのです。植物を育む土壌も、多種多様な微生物の宝庫です。生き物たちが栄養素を分解したり、ある特定の波長を出したりして、より大きな生き物を支えています。これを根本から覆すのが、強力な薬品類です。除菌、殺菌とやっている間に私たちの身体の内外は生物のバランスを崩し、とても危うい状態に陥ります。害虫や雑草が面倒くさいからと農薬を撒けば、その周辺の微生物たちの微妙なバランスが崩壊し、いくら肥料を与えても、生き物が育ちにくい状態になったりします。つまり多様性とは、そのバランスを無理矢理組み替えようとしたときに、望んだ結果とは違うアンバランスを生じさせ、中長期的に困った問題が起きうる、ということなのです。特定の意図を排除する精妙な仕組みである、ともいえます。人が自然をコントロールしようとしたときには環境破壊や種の絶滅が、他国を武力や恐怖で押さえ込もうとしたときには新たな争いの種が自然に立ち上がります。多数をもって正義としてしまうことの悪循環は、生き物の世界では明らかであり、私たちはその事実を謙虚に感じる段階に来ているのだと思います。私はこのようなことを摂理と呼んでいます。

摂理から学ぶ

 「青」からとても大きな話になりましたが、人と人というところに立ち戻ったときにも、相手を理解するためには相当な努力と、多大な時間を必要とするといえるのではないでしょうか。夫婦でも親子でも、考えていることはてんでばらばらなのです。ましてや他人となれば、理解には積極的な決意が必要です。お互いの思っていることをお互いが理解するためには、ただ仲良くしていることだけが大切だとは思えません。なぜなら、なあなあの世界では、「違う」ということを意識することが難しいからです。ときにはケンカを、ときには憤りを、ときには論議を、ときには詫びをすることもまた、お互いをよく知るきっかけにもなります。日本人のホワイトカラーの生産性が極端に低いといわれるのも、和をもって貴しとなす、という慮り(おもんばかり)の精神から、違いを明らかにすることに対する嫌悪心や恐怖心が根付いているとも解釈できます。違いを明らかにしないから、聞くことも、理解しようとする機会も少なくなり「なんとなくわかった気分」になって満足してしまうのです。公教育における道徳の格上げが検討されているようですが、誰かが美徳と思う理想例を一方的に教えようとしても、ほんとうの道徳心や倫理観は身につきません。違うことを超えていくために、逆に一致しているところは何なのか、手を組める共通項はどこにあるのかという発見には、固定観念がない、自由な空気と充分な時間が必要です。違うことは一方で、同じ部分を発見するチャンスでもあります。同じアジア人、同じ漢字圏、同じ戦争を繰り返したくない気持ち、同じ地球上に一蓮托生で生きているものとして、私たちは何を見いだし、同じ青を観じることができるのでしょうか。子どもたちは、次の時代を生きていきます。それは生命の摂理であり、DNAの意思なのです。世代を繋ぐために、違うことに正直に、傲ることなく、ともに生きるすべを身につけてまいりましょう。

- 中川信男の多事争論 - 2015年11月発刊 Vol.98

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