本誌でコラムを執筆いただいている先生方にも大きな影響を与えた、天外伺朗さん。
CDやAIBOを開発した工学博士でありながら、ソニー株式会社を退職後、医学、教育から瞑想、断食まで、さまざまな分野に精通し、著書や講演も多数。
日本の長老ともいえる天外さんに、今、気になっておられることや、今後についてお話を伺いました。
人類は誕生してからの成長も
系統発生を辿るという説がある
天外伺朗というのはペンネームで、本名は土井利忠といいます。
42年間、ソニー株式会社に勤務。主として技術開発と技術開発のマネージメント、また、自分が開発した商品のビジネスの責任者も約15年経験しています。
二〇〇六年に、ソニーを辞めまして、僕のお葬式をしました。
退職当時、僕は上席常務だったのですが、役員が辞めると「感謝する会」というものをすることになっていました。僕は感謝なんかしてほしくないから、代わりに葬式をやってくれと。本当に誰かが死んだのではないかと騒ぎになることを心配した人事が大反対したものの、運営に関わった人が交渉してくれ、5月末日で退職した後、7月に会社の大きな講堂にて「土井利忠さんのお葬式」をしていただきました。
何人かに弔辞をお願いしまして、やっぱりソニーですから、遊び心のある人が多くて、ちゃんと墨で書いた巻紙を持ってきて弔辞を読んでくれました。それはもう、おふざけ満載の弔辞ばかりでした。
最初は棺桶を置いておいて、僕がそこか
らむっくり起き上がるという演出を考えました。さすがにそれはやめましたが、天外伺朗として喪主を勤めました。土井利忠が亡くなって、喪主が天外伺朗なわけです。断食の師匠である野口法蔵から、大僧正の衣装を借りて、僕は坊主の役割もしました。亡くなった土井さんの意見だとして、ソニーの現状に関して悪口を言ったり、亡くなった霊を戒めるという意味の「戒霊告」という文章を作って「生前、悪行の限りを尽くし」「社長命令を無視すること何十回……」と霊に説いたり。大体全部、頭からシッポまでおふざけで、笑ったり歌ったりするようなお葬式でした。
僕は極端な人なので、それまで千通ぐらい出していた年賀状を、本当に親しい人だけ残してやめてしまいました。それまでのお仕事のつき合いで知り合った人、会社の先輩達も含めて、全部、年賀状をやめ、土井利忠さんの形跡をすべて消したのです。
量子力学の世界から心理学
教育、医学、断食まで
その後やっているのが、天外伺朗です。
天外伺朗が何をやってるかというと、ベストセラーを何冊か書いています。最先端の量子力学や、そういう物理学が規律する世界と深層心理学が伝えてきた世界、宗教が伝えてきた世界が、非常に接近してきたということで、それを統合するような話を、ずっと書いてきました。『「あの世」の科学』(祥伝社 )など、ちょっと変わったあの世というものを定義して、宇宙の神秘や人間の神秘ということを、ある程度推定も含めて説いてきた。
それから、人の生き方について、また、瞑想や断食などの指導もしているので、そういったことも説いてきている。
そのなかで、人間の意識の成長や進化みたいなものと、社会の進化。それがどう対応しているのか、わりと学問的な話も書いてきてます。
そうすると、世の中はどう進むはずだというふうなこともある程度見えてきますので、『深美意識の時代へ』(講談社)『GNHへ』(ビジネス社)などで、そういうことも書いてきました。
19世紀の生物学者ヘッケルが「個体発生は系統発生を繰り返す(反復説)」と言ったといわれています。人間の胎児が最初、シッポが生えていること。指が分化していくときに両生類のように水かきのようになったり、肺が発達する前はエラみたいだったりする姿から、そう言ったのですが、これは発生学的には間違いであるというのが、その後の生物学会の通説となっていて、現在、この言葉だけが残っています。
「個体発生は系統発生を繰返す」
誕生後の成長も
系統発生を辿る?
その言葉を使って、今度は「生まれた後も同じことが起きるよ」ということを言ってる人が二人います。
一人はベトナムのTRAN(チャン)という哲学者。ベトナム戦争が起きたころに渡仏して、フランスで活躍した哲学者です。
もう一人は、発達心理学の分野を開拓したピアジェ。
この二人は恐らく、コンタクトはとっていなかったと思います。それぞれにヘッケルが言っていたようなことが、母親の胎内だけでなく、生まれてからも起きているのだと言っている。その二人の対応づけがかなり違うんですよ。
つまり、お互いに全くコンタクトしないで二人が独立にそういう話をしている。
これはトランスパーソナル心理学という学問に受け継がれており、トランスパーソナル心理学では、それに基づいて人間は発達していると考えられています。
食事療法、意識を変える、祈りを変える
3つの方法で人は治る
人類は「悟り」に向って進化する
「倒立元型」という考え方がありまして、例えば、「キリストやブッダは、人類がこれから進化するサンプルである」という考え方があります。それで、キリストにしてもブッダにしても、まだ成長の途中なんだけれども、そういう具合に人類は進化していくという理念がある。もちろん検証のしようはないのですが。
そうすると、宗教が仏教でいう「悟り」というものに向かって進化していくという道筋を、人類全体が辿るだろうということがいえるのです。
人類全体が辿るとすると、これから社会がどうなっていくかという予想がつくわけですよね。
トランスパーソナルの検証ができない学説に基づいた話ですが、その通りだとすると、これから人類社会はどうなっていくかというのは、わりとクリアに予測できるのです。
それを、その2冊の本に書いてあります。難しすぎて、人々には通じなかったみたいで、あまり売れてませんけどね。でも、僕は結構すごい本を書いたというつもりでいます。
医療ということに関しては、それに沿って医療の進化みたいなものが見えるのだけれども、二〇〇九年、矢山利彦という医者と共著で『いのちと気』(ビジネス社)という本を書きまして、医療の進化、社会の進化、教育の進化といったことも書いてます。それで、天外伺朗として最初に書いてたような、サイエンス、深層心理学、宗教が統合していくという話は、もう書いてません。
なぜかというと、現在は、「未来永劫統合しない」という考えになってきているからです。
そういう話を、矢山利彦が会長をしているバイオレゾナンス医学会で、毎年、僕が基調講演をしたり、月例会で連続講義をしたりしています。
また、11月20日にホリスティック医学協会の全国大会があり、そこでも講演することになっていまして「無分別智医療と集合的一般常識」という講演をします。「集合的一般常識」というのは僕の造語です。
会社を辞めた翌年の二〇〇七年に、サイモントン療法を提唱したサイモントン博士が来日することになり、僕と二人の講演会を企画した病院がありました。
サイモントン療法とは、「医学的処置を一切せず、意識を変えるだけでがんを治す」という療法です。僕と関係する医者は、だいたいサイモントン療法の講習を受けています。
僕の講演テーマは「サイモントン療法は、なぜ効かないか」。そのときに「集合的一般常識」という言葉を作ったのです。
潜在意識に刻み込まれた
集合的無意識の影響
今、医療催眠学会や日本トランスパーソナル学会など、いくつかの統合医療系の顧問をしています。
「コアビリーフ」というのがカウンセリングなどでもよく問題になりますよね。僕はコアビリーフを「個人的コアビリーフ」と「社会的コアビリーフ」に分け、後者を「集合的一般常識」という言葉にしました。ユングの「集合的無意識」の一部であるという位置づけにして言葉を作ったのです。
催眠療法や心理学の分野では知られた話ですが、例えば、深い催眠状態に入った人に「今からあなたの手に煙草を押し付けます」「すごく熱いですよ、我慢してくださいね」と鉛筆かなんかでギュッと触ると、「熱いっ!」と言うわけです。人によっては、その後、水ぶくれができる。
要するに、心の深いところで「火傷した」と認識すると、意識レベルじゃなく身体レベルで、脳でいうと新皮質じゃなくて深い脳が「火傷をした」と認識をすると、その火傷を治すためにリンパ液を集めるのですよね。だから、人間は深いところで何かを思うと、その通りになる。意識の深いところで、「死ぬ」と思うと死のプロセスを始めてしまうということが、間違いなくあるのです。
例えば、一九五〇年ごろ中国がチベットに侵攻しましたが、侵攻前のチベットは閉鎖的な社会で、ヘビという生き物がいなかった。チベット人は今でもそうだといわれていますが、「ヘビに噛まれたら死ぬ」と信じています。そのころでも、たまに、チベットから外国に行く人もいまして、そういう人がヘビに噛まれると死んでしまう。「ヘビに噛まれると死ぬ」と信じている社会だと、本当に死んでしまうのです。青大将に噛まれても、死ぬわけがない。でも、チベット人は死んでしまう。心の深いところで「死ぬ」と思えば死ぬんですよ。
閉鎖された社会での話だけれども、開放的な日本社会でも、それは存在します。
法医学関係者に聞いた話ですが、22口径のピストルで撃たれると、アメリカだと心臓か脳に当たれば死にますが、それ以外まず死ぬことはない。
ところが、日本人の場合は心臓や脳以外に当たっても死んでしまうことがあるのだそうです。
要するに「ピストルに撃たれたら死ぬ」という集合的一般常識が日本社会にあるわけです。意識はしていないと思いますが。
集合的一般常識は
時代とともに変化する
例えば、30年前であれば、がんになって「あと3カ月です」「あと6カ月です」と医者が言うと、ほとんどその通りピタリと死んでいた。僕はこれを「医者の呪い」と言っていました。ピタリと当たると、あの医者は名医だと言われていた。
でも、最近、がんサバイバーが増えてきて、「あと6カ月です」と言われても6カ月で死なない人が増えてきた。要するに「日本の集合的一般常識」が、30年で変わっているわけです。こういう現象が明らかに観察できる。もちろん僕が医療関係を20年やってきたから、特に観察していて気づいたことですが、そういうことが実際に起こっているのですよね。
サイモントン療法っていうのは、意識を変えればがんが治るという考えで、これは正しいんだけれども、僕はその講演で、「がんになると死ぬ」という集合的一般常識が社会のなかに強固に存在する間は治らんぞ、という話をしたわけです。
サイモントンは「そこまで分析した人は初めてだ」と言って喜んでくれました。それで、講演の翌月に日本心身医学会というすごく大きな学会がありまして、どうしたわけか基調講演を頼まれました。僕の相方の基調講演がアンドリュー・ワイル。統合医学の世界的権威が片っぽにいて、もう一人が僕。そういう大きな学会で同じ話をしました。
西洋的医療を一切せずに
効果を出した医師の秘密
なぜ僕がこれを信念をもって語れるかというと、仲間内に伊藤慶二という医者がいて、彼は、ある非常に大きな宗教団体のなかで、西洋的医療は一切やらないという実験的医療をしたのです。「食事療法」、「意識を変える」というワーク、「祈り方を変える」という3つの方法だけで。この方法で、どんな難病も、どんなステージにあっても、ほとんどの人が回復する。ものすごい人数が治っているのです。食事療法はマクロビオティックを使いました。約40人に受講させてマクロビオティックに通じた人材を育て、病気になるとその人たちが、実際に病人のところに行って料理をする。多額を投資できる大きな宗教団体じゃないとできない手厚い方法でした。
意識を変えるというのは、サイモントン療法と同じ。祈り方は宗教的祈りじゃなくて、医療的な祈りを教えた。脳幹が活性化するような祈り方を教えたということです。教祖にも教えたというからすごいものですよね。
僕も祈る方法を教えてくれと、3日間合宿をさせてもらったけれど、3日経ってもわからなかった。いろいろな祝詞の音源を聞かせてくれて、こういう唱え方じゃダメ、この祝詞だと脳幹が活性化する、と具体的に教わった。でも、全然差がわからなくて、三日間、「俺は何してるんだろう」「何しに来たんだろう」という感じで終わった。
最後に僕が瞑想を指導して、瞑想の最後に般若心経を唱えたときに、チラッと伊藤慶二が言いました。
「ああ、あんたたちの唱え方だと、脳幹が活性化しない」「もうちょっとゆっくり唱えなさい」と。
それから、僕は断食の指導で般若心経を唱えるとき、ゆっくり唱えるようにしています。これが評判悪くてね。ゆっくり唱えると唱えにくいんです。言葉が出てこなくなったりして。
ところが、ずっとゆっくり唱えていて、最近その秘密がわかりました、伊藤慶二が何を言っていたのか。
(後編へ続きます)
取材を終えて
経営コンサルタント神田昌典さんも、天外伺朗さん主宰の「天外塾」の卒業生。知る人ぞ知る天外さんのことを私が知ったのは『イーグルに訊け』などの著書。その後、天外さんの教育観に感銘を受けた。お会いするのは四度目、インタビューは二度目。今回、長編のため前編後編と二回に分けた。
天外さんの魅力は、柔軟な考えと仮説を立て検証していく姿勢。そして、目に見えないものと目に見えるもののバランス。どちらも、膨大な知識と経験に基づいているからこそ。さらに、音楽を愛する心と、(失礼ながら)子どものようなやんちゃな一面。多種多様な方にインタビューしてきた経験から、仕事、教育、人間関係、生き方は、すべて互いに参考になるものであり、本来は分類して考えるものではないと感じてきたが、私にとって、それを体現しておられる方なのだ。
前編は「天外伺朗」という人物の誕生秘話から、統合医療関係の場で、今、語られていることについて。後編では、より具体的に「無分別智医療」についてお話しいただき、話に登場した伊藤慶二先生の著書についても紹介する。
編集室Roots 代表
藤嶋ひじり(ふじしま ひじり)
『らくなちゅらる通信』編集担当。編集者ときどき保育士。たまにカウンセラー。日経BP社、小学館、学研、NHK出版などの取材・執筆。インタビューは1,500人以上。元シングルマザーで三姉妹の母。歌と踊りが好き。合氣道初段。