2016年 1月 の投稿一覧

【Vol.100】三日坊主

三日坊主は、なぜなるのでしょうか? 新年になり、新たな目標をつくった人もいることでしょう。今回は新年らしく、目標の立て方と、三日坊主の対策についてです。

これまでに鍼療室で幾度となく繰り返されてきた患者さんとの会話にこんなものがあります。
「私、やっぱりダメみたいです。」
どうしたの?
「我慢できなくなって、クッキー食べちゃいました。」
そっかぁ。それで、美味しかったか?
「はい。でも、いいんですか?きっと先生に叱られると思ってました。」
かまへんやん。これまで頑張ってきてたから、美味しかったやろ。良かったやん。 

病気を治すためには甘いものを控えた方がいいというアドバイスを忠実に守ってきて、あるときそれを破ったからとご自身を責めてしまう。たった一度のことで、それまで真面目に取り組んだ数日間のすべてが台無しになってしまうものでしょうか。

禁煙なんかでも同じですね。宣言してから10日目に1本吸ってしまって、「ダメだ」となる。だけど、例えばそれまで毎日10本吸っていたとしたら10日間で100本吸っていたところをたったの1本で切り抜けたのだから、100分の1。テストでいえば99点取ったということになります。テストで99点の人が「ダメだ」なんて言っていたら、きっと友達はいなくなりますよね。

視点を変えて、食べられた側のクッキーの気持ちを想像してみましょう。「美味しかった」「ありがとう」と喜んで食べられるのと、「食べてしまった」「ダメダメ」という気持ちで食べられるのと、どちらが嬉しいでしょうか。その気持ちの差が、あなた自身の体に入ってきてからの作用を良くも悪くもする。クッキーそのものが悪いのではなく、自身の心持ちが悪い方向に働かせてしまうのではないかと考えられます。なので、まずは「美味しかった?」と尋ねて、受け止めてもらうようにしています。

一度のことで台無しにしてしまうのは、完璧主義。完璧を求めるのではなく、またそこから仕切り直せば良いのですから。クッキーを美味しくいただけなかったり、クッキーのせいで台無しになったなんて、クッキーに対して失礼です。どうせなら、美味しくいただきたいものですね。

「三日坊主」になって、途中で投げ出してしまうのも同じです。実は、三日坊主になる人は完璧主義者なのです。そして、完璧を求めるがゆえに、完璧でない自分のことが嫌いという共通点があるようです。

そもそも、なぜ三日坊主になるのでしょうか。

4日目がないからですね。1日・2日と頑張ってきて、3日目にできなかった。それで「ダメだ」となる。4 日目にまた仕切り直してやっていけばいいことを、できなかった3日目を責めてしまう。完璧主義が自分を苦しめているのです。できなかった日は、休んだと思えばいい。それよりも、やってみようと始めた自分のことを褒めてあげてほしいと思います。

さらに言えば、三日坊主になる人ほど、目標も完璧です。例えば「腹筋を毎日10回する」といったものですね。その目標を一度見直してみるといいでしょう。まずは視点を拡げて「毎日」を外し、週単位にして、「腹筋10回を週に4日以上する」ではどうでしょうか。三日坊主になりかけても、取り返すチャンスはあります。仮に3日しかできなかったとしても、それで良しとしてもいいでしょうし、その次週だけは5日することで前週の分を取り返すことにしてもいいかも知れません。完璧でないからこそ、臨機応変に対応できるゆとりを持っておくことができます。最初にハードルを下げておくことで「できた自分」をつくっていくことです。

あとは、手帳に「できた」日の印をつけて「見える化」していくのもいいでしょう。どうせならカラーペンを使うと、きれいに見えますね。実際には半分ほどの日数できていれば、ページを開くとカラフルなので後から振り返る時にも楽しくなります。

もちろん、完璧な目標を立てて完璧にこなせる人はそのまま続けられるといいでしょう。ただ、完璧を求めすぎて自分を好きになれなかった人にとっては、好きな自分の姿に近づいていけるはず。

三日坊主も大歓迎で、元気な一年を過ごしていきましょう。

執筆 圭鍼灸院 院長 西下 圭一
病院勤務を経て、プロ・スポーツ選手からガンや難病まで幅広い患者層に、自然治癒力を引き出していく治療を特徴とする。
鍼灸師、マクロビオティック・カウンセラー、リーディング・ファシリテーター。

【Vol.100】お正月といえば?

みなさま、明けましておめでとうございます。どのような新年を迎えていらっしゃいますか?

今年もこの原稿に目をとめてくださってありがとうございます。この一年もまた楽しみながら、皆さまと色々と分かち合っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします!

お正月といえば?

お正月といえば、皆さんは何を思い浮かべますか? おせち料理、初詣、着物など、様々なイメージをお持ちだと思うのですが、私はなんといっても「お年玉」(笑)。子どもの頃、それはそれは楽しみでした。もらう側からあげる側になった今もそれは変わらず、お年玉を用意するのも大好きな時間です。

お正月というのは、お年玉のみならず、新年の挨拶などで誰かに何かを渡したり、頂いたりすることって、とても多くなりますよね。皆さんは、その贈り物の受け取り方、渡し方は特に意識していらっしゃいますか?

人の想いはその人の能力にまで影響する!?

以前このような実験を見ました。歩道橋の階段の前に一台のベビーカーを用意します。そして、道行く人に声をかけ、階段の上までベビーカーを運んでくれないかとお願いします。

実は、このベビーカーには赤ちゃんは乗っておらず、代わりに5キロの重りが乗っているのですが、初めの実験では重りが乗っていることは明かさずにお願いをします。実際に赤ちゃんが乗っていると思った人は、丁寧に、優しくテンポよく階段の上まですんなり運んでくれました。

一方、次の実験では、階段を上る前に、赤ちゃんではなく重りが乗っている種明かしをした後に実際に階段を上ってもらいました。すると、ほとんどの人がベビーカーを何度も階段にぶつけながら進み、尚且つ最後まで上りきることができなかったといいます。

その仕草に人の本当の“在り方”があらわれる

私達の想い、在り方というのは面白いくらいに自分自身の行動に出ます。細かいことを言えば、腕や指先の動き、その指先を覆っている空気感にまで影響を及ぼすものです。

そのものが大切であると思っていれば、自ずと触れ方、扱い方は丁寧になるもの。そのものが大したものでないと思っていれば、触れ方、扱い方は雑になるものです。例えそれがほんの少しの違いでも、相手は確実にその違いを見抜くのです。ただ受け取る、渡すだけのことだと侮ってはいけません。

ベビーカーを無事に運べた人と、傷つけながら進んでも結局は運びきれなかった人のように、そのほんの少しの意識の違いが大きな結果の違いへつながる。2016年が私達にとってどのような一年になるかは、ほんの少しの意識で変わるのかもしれません。

人は、大切にしたものから大切にされると言います。何かひとつ扱う時にも、テンポを整え丁寧に。私も、今年は特に丁寧にお年玉を渡そうと思います。相手にはもちろん、お金にもより好かれるといいな~(笑

皆さま、よい一年をお過ごしくださいね!

片岡 由季

片岡由季氏
武蔵野短期大学にて国際教養学科および秘書コースに在籍。
その後、玉川大学英米文学科に編入。
前職はNPO法人日本ケアフィットサービス協会にて「サービス介助士」の育成に携わり、全国の企業研修を担当。
2010年4月より父である片岡慎介氏の後を継ぎ有限会社ビュージックの代表取締役となる。
現在は、断食道場やサロンなどで「月のお話会」を行い、「なりたい自分」「輝く自分」になる為の月のテンポ活用法をお伝えしている。

『「月のテンポ」テンポ116 CDシリーズ』
人間の体内時計と月の一日は同様であるといわれます。”月のテンポ”は、無限の可能性を持つあなたを思い出させてくれます。

【Vol.100】第13回 産後の経過と 母子の絆

今回は、産後すぐに母子が引き離されることで、赤ちゃんとの絆にどんな影響があると感じたか、書きたいと思います。 赤ちゃんの体重が基準値に満たない場合は、母子を引き離して個別に入院させるのがごく普通の対応ですが、わたしの場合は、書いてきたような経緯で、母子同室が特別に許されました。

とはいえ、産後すぐから、検査のために4時間引き離されました。上2人のお産の時は、身体測定時以外は、常に新生児はわたしのそばにいたから、赤ちゃんと離れるなんて考えたくもなかった。それが、実際離されてしまうと、意外と冷静だった、というのは、以前にも書いた通りです。

赤ちゃんは、産後すぐの時期、目をぱっちり開けて、完全に覚醒しています。かわいい3人目は、その貴重な覚醒時間をほとんど一人ぽっちで、検査台に放置されて過ごしました。

その後抱くことを許されてからも、母子同室とは名ばかりでした。赤ちゃん用の押して動かせるベッドがあり、赤ちゃんは必ずその上に寝かせるように指導されます。わたしは添い寝しようとするので、看護師がなんども巡回に来て、母の隣に寝かせないよう注意されました。なぜなら、赤ちゃんのベッドにセンサーが付いていて、赤ちゃんの呼吸が止まったらアラームが教えてくれるから。赤ちゃんと添い寝したら、母親が潰してしまうかもしれないから。

潰すわけじゃないじゃない。母親が一番のセンサーなんだから、隣で異常があったらすぐに目が覚めるわよ。

というのがわたしのそれまでの感覚です。だから、添い寝しようとしては、注意されるを繰り返しました。

しょうがなく赤ちゃんをベッドで寝かせてみると、そのセンサーがなかなか邪魔もので、スイッチを切ってからでないと、抱くこともできません。とっさに赤ちゃんを抱きあげるとすごく大きなアラームが鳴るから、だんだんと、抱く前に用心する癖がつきました。

最初に4時間離されたぶん、引き離されるのを子持ちの猫のように嫌がる動物的な感覚は薄れていました。そのうえ、ベッドに寝かせる習慣までつけるように促されます。抱く前にもセンサーを切らなくてはならないような環境。そうするうちにだんだんと、赤ちゃんと触れ合わないのが普通になっていきます。

すると、赤ちゃんを隣に寝かせたとき、もし異常があった場合(なんせ陣痛促進されてるし……)、本当に自分の目は覚めるのか、わからなくなってきました。今のわたしだったら、添い寝も危ないかも、といううっすらとした不安まで感じました。

その夜。もともとかなりの寝不足なところを陣痛促進されたうえ、産後無理に動かされ、ボロボロでした。その状態で、低出生体重児だから今晩だけはナースステーションで預かると言われ、それまでのわたしならありえない返答ですが、どうせ添い寝させてもらえないし、母体の回復を優先しようと、承諾しました。

ナースステーションの蛍光灯が眩しいから、赤ちゃんを蛍光灯の下に寝かせないでくれ、とお願いしましたが、夜中に授乳に行くたびに(夜間授乳はミルクで任せっきりにするお母さんが大半ですが、さすがにわたしはそれはしませんでした)、蛍光灯の真下に寝かされていました。新生児は光に弱いのに、産後すぐにあんな眩しいところに寝かされて。申し訳なかったです。

退院後に気づいたのですが、赤ちゃんは、わたしがそばで寝かしつけなくても、自分一人で寝ようと頑張る子になっていました。このまま続けていれば、赤ちゃんをスポイルしないよう自室で寝かせる文化の国の子のように、自分で寝るようになるのだな、とは思いました。赤ちゃんを可愛いと感じることに違いはないので、こういう形の母子の絆もあるのだと。

が、わたしは添い寝で甘えてくれるほうが自然という現実に生きています。だから、赤ちゃんが特に要求しなくても、添い寝を続けました。

上2人の子のように3人目が母親に甘えるようになるには、それこそひと月くらいかかったように思います。わたし自身については、実は今でも、寝ているときのお母さんセンサーが若干弱いように感じています。

個人的には、添い寝してる子どもの安全は誰よりもわたしがわかる、と、断言できる状態のほうが、楽だし、気持ちいいです。だから、産後の母子は、アタッチメントを築く時期、できるだけ一緒にいたほうがいいと思えます。

望月 索(もちづき・さく)

生まれたての子は、肌触りの良いもので包んであげたいです。




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