うちの夫は、「すぐ終わらせる」を基本信条とし、できることはさっさと終わらせる派です。その代表は食後の「食器洗い」。わが家では当番制は採用していません。一方が料理を担当したら、他方は後片付けをするのが暗黙のシステム。夫が料理をしたら、私が食器を洗うという具合です。
ただし、私は食後にひと息つきたい派。お腹がこなれたころに自分のタイミングで洗いたいので、すぐ終わらせる派の夫にひと声かけておきます。「(食器)置いといて。あとでやるから」
しかし、いつも時すでに遅し。夫が即実行をモットーに洗い始めています。
私「やるって言ったのに~」
夫「あ、うん。いいんだよ。自分が終わらせたくてやっているだけだから」
私「うん、そうだけど……」
冗談みたいですが、こんな会話を私たち夫婦は何年も繰り返していました。「うらやましいわ」という声も聞こえてきそうです。たしかに有難いし助かります。「あとでやる」と言ったものの、面倒なときは本当に「ありがとう~」と抱きつきたい気持ちです。
ただし、人間はおかしなもので、自ら「やる」と宣言したことは自分でやり抜きたいものなのでしょう。それがたとえ「食器洗い」であっても。自分の意志を尊重されたいものなのです。
なにを大切にしているのか
そんなある日、またもや「あとでやるから置いといて」という私の宣言を無視して食器を洗い終えた夫。堪忍袋の尾が切れた私は、夫の前に立ちはだかり、思わず感情をぶつけてしまいました。「私は自分のタイミングで洗いたいの! どうして先にやっちゃうの?」
夫の表情には、責められている感が薄っすら滲みます。この展開は双方にとって望ましくありません。誰もが「責められた」と感じれば心は閉じてしまいます。それでは大事なことは語られず仕舞いになりますから、ここは気を取り直して挽回作戦。ひと呼吸ついて質問をし直しました。
「すぐに食器を洗うのは、なにを大切にしているからなの?」しばしの沈黙。このとき、矢継ぎ早に質問をしたり、急かしたりは禁物です。相手は初めての問いに脳が一生懸命答えを探しているところだからです。夫もしばしの熟考ののち、自分でも驚いたように呟きました。
夫「有事のための安全確保」
私「え? 有事の安全確保というと?」
夫「有事には逃げ道の確保が大事なんだ。それには、不要な物が落ちていると危ないんだよね」
私「なるほどね。それと、すぐ食器を洗うのはどう関係があるの?」
夫「すぐ片付ければリスクを減らせて、みんなの安全をより確保できる」
噛み合うゾーンを見つけよう
夫は元ミュージカル俳優で、舞台設営・撤収もおこなっていました。舞台では、ちょっとしたミスや気の緩みが大事故につながりかねません。そのため、つねに整理整頓、即片付けを徹底訓練され、深く染みついているのです。
「そうか。ありがとう。私や花(愛犬)の安全第一を考えてのことだったのね。それは大事だね」と、素直に言える私がいました。それ以来、いつしか私は「あとでやるから置いといて」と、夫を牽制する言葉を発しなくなり、フットワーク軽く食器洗いをするようになりました。夫も以前ほど急き立てるようにすぐ洗い始めることは減り、どこかリラックスしています。お互い自然とそうなってきました。
相手と噛み合わないことがあるとき、話し合えるといいですね。お互いがなにを大切にしているのかがわかると、無理に相手に合わせようとしないのに、自然と噛み合ってきたりします。それは、相手の大切なことを自分も大切だと思えるときに起こります。粘り強く対話すると見つかる噛み合うゾーン。鍵は「大切にしていることは?」です。