兄弟のアンビバレントな感情
発達障害の兄弟を持つ子は、中学から高校にかけて葛藤のピークを迎えるといわれています。長男にもそのような時期がありました。弟はポワンとしていて何を考えているのかわからない、自分の言っていることが理解できているのかできていないのか掴みきれない、いわゆる空気を読んで動けない弟に対して、お兄ちゃんははっきりと指示を与えなければ一緒に遊ぶことができなかった。お兄ちゃんの明確な自己主張は、彼なりに交わる方法だったのかもしれません。そんな兄の自己主張が、次男にとって次第に窮屈なものへと発展していき、鬱積した感情を互いにぶつけ合う思春期を迎えました。
まだハワイに住んでいたころ、2歳違いの息子たちは、そのコミュニケーション手段を言語に頼ることなく、言葉を交わさなくとも身体を使って無邪気にじゃれあっていました。海へ行けば一緒に波打ち際ではしゃいだり、浜辺の木にロープをひっかけてターザンごっこしたり、夜寝る前は二人リビングでパームツリーの風に揺れる音を聞きながら、何時間も黙々と絵を描き続けていました。それはそれは静寂が保たれたとても温かで豊かな時間でした。
そして、幼いころは純粋に兄弟同士お互いをリスペクトし合っていました。
「マミー、アキトの発想は凄いよー!水槽の向こう側から、紙に描いた魚の絵を切り抜いて貼るんだよ。するとまるで本当に魚が水槽の中を泳いでいるように見えるんだ。その発想凄いよね」
素直に弟の発想に感動する長男の眼は輝いていました。その眼は弟に対する深い愛情に溢れていました。ところが思春期を迎え、好意と嫌悪が入り混じるアンビバレントな感情を抱くようになったのです。自分の意図が弟に伝わらない。キャッチボールすらできない。
「だからそんなキャッチの仕方じゃダメだよ」
「どうしてわからないんだよ」
「何回言わせるんだよ」
イラッとしてついきつく当たってしまうお兄ちゃん。喧嘩して帰ってきたのは2~3度。互いに通じない悲しい思いを募らせ、もう遊ばない!と二人でキャッチボールすらしなくなりました。
私は幾度となく長男に次男の特徴を伝えてきました。
「アキトはそういう言い方をしても理解できないんだよ。ジェスチャーで見せるか、絵を描いて視覚的に伝えて」
「あなたが冗談のつもりで言った言葉も、その言葉通りを受け取って傷ついてしまうの。冗談は言わないで」
「声のトーンが威圧的だと、それだけで怯えてしまうの。もっと優しく言って」
今思えば、私はもっとお兄ちゃんの気持ちを汲み取ってあげるべきでした。弟に対してこう接してほしい、理解してほしいという私の主張は、思いを押しつけているだけでした。お兄ちゃんにしてみれば、マミーは弟ばかりをかばって自分は責められていると思ってしまったことでしょう。大人ですら忍耐を要する接し方を、2歳しか違わないお兄ちゃんに強要してしまったのです。
ホストブラザーとの出会い
ところが二人の関係性に転機が訪れたのです。長男が高校2年生のとき、1年間ニュージーランドへ留学しました。お世話になったホストファミリーのお宅には、お姉さんと弟がいて、そのホストブラザーは自分の弟と同じ年。入居してすぐに、ホストマザーから優しくこう伝えられたのです。
「ネイトは発達障害があるの。言葉での理解が難しいときがあるから、彼に何か伝えるときは、ゆっくり語りかけてね。わからないときは絵を描いて伝えると理解しやすいから……」
長男は驚いて連絡をしてきました。
「マミー、ホストブラザーはアキトと全く同じ特徴を持ってるんだよ!しかも同じ年」
この出来事は神の采配を感じずにはいられませんでした。