どんよりした寒空の12月、私は佐賀の有明海苔作りの現場を視察する機会に恵まれました。その日は九州に寒波が押し寄せていたので、訪問先の職人さんから「夕方までずっと海のうえで寒すぎるから止めておいたほうがいいよ。」との助言で、残念ながら収穫の現場に立ち会うことはできませんでした。
そして日も暮れたころ、その職人さんの倉庫に訪問させていただき、貴重なお話をたくさん聞くことができましたので、今回はその話の一部をご紹介したいと思います。皆さんは「海苔の酸処理」についてご存じでしょうか。30年ほど前から日本の海苔生産現場では、海苔の胞子を定着させた海苔網を、人為的に用意した酸性の液に浸すことが推奨され常識化しています。これによって海苔の色は黒くなり、ほかの雑菌が殺菌されることで海苔の収量も増えることから、市場で高値取引される黒い海苔をできるだけたくさん収穫できるように産地では普通に使われています。
この処理で使用する酸性液は有機物を原料とした有機酸がほとんどですが、より強い酸性を示す合成された無機酸を使えばコストも下がり、強い効果を出すことができるとあって、無機酸利用の疑念は払拭されていません。日本海の浜辺にハングルや中国語で『塩酸 危険』と書かれた容器が漂着している理由はあまりマスコミでは報じられませんが、このような事情もあると想像されます。
この酸性液ですが、業界内では海苔も黒くなり、また収量も増やせることから九州では特に「活性液」と呼ばれているようで、全国的に海苔の世界ではごく普通に存在しています。農業における農薬や化学肥料と並べて称されることもあるようですが、その存在について発言すること自体が海苔業界内でのタブーとなっていて、この話を外部に出した生産者は非常に厳しい制裁を受ける現実があるそうです。農業の世界で農薬や化学肥料について危険性を理解し、発言することは昔と違って比較的自由になりました。農地は基本的に農家さん自身のものなので、農薬や化学肥料の流通・利用の仕組みから独立してやっていくことも方法によっては可能です。農家さん自身が直接の流通を構築することも可能ですし、安全な農産物を選択的に購入してくれる組合や企業も存在します。しかし、海の世界ではそうはいきません。海は国民共有の財産ですから、所有権が存在しないので、それを管理する漁協や流通の仕組みによって発言自体が抑圧されることすらあるのです。それは漁協内部での圧力であったり、海苔を買い上げる大手海苔資本からの有形、無形の圧力であったりします。
海苔の酸性液処理の問題は、海苔を酸性液に浸すことによる直接的な影響だけではありません。私がほんとうに懸念するのは、海自体に対する中長期的な影響です。有機酸については「有機物由来だから食品ベースで安全だ」というのが海苔の世界での常識となっていて、酸処理問題に対する懸念への回答としては一般的なものです。もちろん漁協でも合成物である無機酸を使うことは禁止しているのですから、理解できないわけではありません。しかし、有機・無機の違いを問わず、直接ではないにしても酸性の液を海に流すこと自体の海洋環境にあたえる影響についてはほとんど研究もされておらず、誰にもわからないリスクを抱えているといえます。さらに根深い問題は、今回お知らせしているような内容を広く公開できないことです。本誌は弊社のお客さまだけに配布されるものですから、このような内容をお知らせすることができます。しかし、もしより一般的に公開となったとき、その発言の主は抑圧され、「公共の海」の利用すら難しくなることがあるのですから、問題の根深さをご理解いただけることでしょう。
こだわりのある海苔の生産現場は過酷です。海での海苔の生産から、工場での加工、そして包装まで職人自身の手で一貫して行われています。私がお話をお聞きした職人さんの場合には、普通は外注される海苔の種を育てる育苗までご自身で手がけられています。シーズン中は昼夜問わず、睡眠時間を犠牲にしてまで連日の作業がつづきます。この方の海苔は他の非酸処理の海苔と食べ比べてみても味は格別、私が責任をもって安全も味も保証できます。
本稿では、前述のような事情で今回の話がどこからのものかお知らせすることができませんし、ホームページ内でも詳しいお話ができません。心ある生産者の海苔を手にしていただくことが、安全でおいしい海苔を支えることに繋がります。気になる方はぜひ弊社までお問い合わせ下さい。