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中川信男の多事争論

「多事争論」とは……福沢諭吉の言葉。 多数に飲み込まれない少数意見の存在が、 自由に生きるための唯一の道であることを示す

プレマ株式会社 代表取締役
ジェラティエーレ

中川信男 (なかがわ のぶお)

京都市生まれ。
文書で確認できる限り400年以上続く家系の長男。
20代は山や武道、インドや東南アジア諸国で修行。
3人の介護、5人の子育てを通じ東西の自然療法に親しむも、最新科学と医学の進化も否定せず、太古の叡智と近現代の知見、技術革新のバランスの取れた融合を目指す。1999年プレマ事務所設立、現プレマ株式会社代表取締役。保守的に見えて新しいもの好きな「ずぶずぶの京都人」。

【Vol.86】もうひとつの持続可能性

投稿日:

 私たちの行っている仕事や、私が常々考えていることについてシンプルに短時間で説明しようとするときに、「健康」「環境」「自然」などという言葉を使うと、もう一つしっくりこないという気持ちを抱えて、14年以上が経ちました。確かにやっていること自体はこれらのキーワードである程度伝えることができますし、大きな誤解を招くこともなく、間違っているわけでもありません。弊社に面接を受けに来てくださる皆さんが応募動機として「健康に寄与したい」「環境や自然を守りたい」といった項目をあげてくださることが多いのですが、それを素晴らしいと思う一方で、やはり何か物足りない感じや、すごく表面的に聞こえてしまうことすらあります。極端な話でいえば、健康に寄与したいのであれば純粋に医療機関のほうがよりフィットしますし、環境を考えるのであれば何らかのそういった運動に、自然が好きならば田舎に引っ越してそこで何らの仕事をしていただくほうがいいのでは、と実際にお答えすることもあります。実は、面接をしている私の方こそ、言葉を探し続けていた、というのが偽りのない真実です。

いつも現場主義

 この、私が探して続けている何かについて、断片的にお伝えし続けているのが、らくなちゅらる通信であり、またメルマガやホームページなどに書き連ねている文章でもあります。私の心の底辺に流れているのは、「縁」であり、「連続」であり、「循環」である何か、とでもいうのでしょうか。連綿と繋がる私たちの命の営みや、人類の歴史のなかで、今この時代を日本人として生きる役割といったことが頭から離れないのです。こういうと何かとてもたいそうなことに聞こえるかもしれませんが、今振り返ってみると、とても単純な体験と驚きから端を発しているようなのです。私が18歳のとき、私は家族を介護していました。それは12歳から突然始まり、一度終結したのですが、15歳でまた始まって、介護できるのは私だけ、という状態になっていました。当時、私はとても政治的で、「自分が大変なのは、世の中の仕組みが間違っているからだ」と思っていました。そんなこともあって、反戦や労働運動に身を投じていたのですが、何かが違っているような直感もあったのです。当時は、関心といえばこういうことでしたので、介護が終わったらソ連に留学したいとか、革命が成功したニカラグアのサンディニスタ戦線の人たちと話してみたいとか、まったく地に足の着いていないことばかり考えました。結局、そのサンディニスタ革命政権はまもなくアメリカに倒されてしまい、必死のバイトで貯めた渡航費も使うあてがなくなってしまったのです。どうしようと思っている矢先に、タイ北部では麻薬であるケシ栽培が盛んで、麻薬と決別していくにはとても大変な貧困が待っている、その地域で日本の草木染めと織物を教えようとしているプロジェクトがあると聞いて、「じゃあ、ニカラグアの代わりにそこに行ってみよう」と思い立ち、当時はとても珍しかったスタディーツアーに参加しました。その旅では初めての海外ということもあって、いろいろなことを感じたのですが、私がもっとも感動したのはとても単純なことでした。それは『遠くの国にも、ほんとうに人が生きて、生活して、笑ったり泣いたりしている』という、ごく当たり前の事実でした。頭の中ではいろいろ思っていることがあったとしても、「知っている」と信じていることは、実は学校や新聞やテレビで聞き知った程度のこと、というのはよくあることです。今はインターネット全盛の時代ですから、もっと「知ったつもりになっていること」がたくさんあります。私が今も現場主義を貫くのは、頭で知っているつもりになっていることと、体で感じたこととの間には、大きな違いがあるからなのです。

もうひとつの可能性

 そんな18歳の衝撃が私の中にはずっと消えずにあり、今でも、どこにいっても新鮮な驚きが溢れています。その後、28歳で期せずしてやってきた神秘的な体験もあり、私の中ではいまやっていることが何かの導きのなかで当たり前としてやっているに過ぎないという気持ちがあります。このレベルでいえば、お客様の真の健康づくりに寄与することも、環境にできる限りの負荷を与えないことも当然のことで、あえてそれを最終目的にするつもりはありません。誰かが、誰かから奪い取るような何かに参画しないこともまた、やはり当たり前のことです。遠くのどこかで人が生き、生活し、泣いたり笑ったりしていることは、私が生きていること、あなたさまが生きていることの奇跡にも繋がります。連綿と続く何か-縁は、この瞬間もまた、つながり、そして関係し合っています。言霊の象徴としての日本語の意味を理解できることもまた、刹那の奇跡であり、そこにはめぐみが溢れています。そんな私たちすべての繋がりをイメージしていると、「あなたの、もう一つの持続可能性をお手伝いする」という言葉が現れてきました。「持続可能な」、といういい方は半ば輸入された言葉ですが、私たち日本に縁のあるものは、すべてこの概念を当たり前のように深いところで知っています。その、もう一つはあなにとってでしょうか? 誰かを大切にすること、何かを育てること、何かを伝えることでしょうか。それは、一方的に要求することでも、誰かが間違っていると非難することでもないはずです。そんな何かが、ありたい姿に向かえるよう、変化と適応のお手伝いすることが、私たちの、なすべきことの核になると信じています。

- 中川信男の多事争論 - 2014年11月発刊 Vol.86

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