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中川信男の多事争論

「多事争論」とは……福沢諭吉の言葉。 多数に飲み込まれない少数意見の存在が、 自由に生きるための唯一の道であることを示す

プレマ株式会社 代表取締役
ジェラティエーレ

中川信男 (なかがわ のぶお)

京都市生まれ。
文書で確認できる限り400年以上続く家系の長男。
20代は山や武道、インドや東南アジア諸国で修行。
3人の介護、5人の子育てを通じ東西の自然療法に親しむも、最新科学と医学の進化も否定せず、太古の叡智と近現代の知見、技術革新のバランスの取れた融合を目指す。1999年プレマ事務所設立、現プレマ株式会社代表取締役。保守的に見えて新しいもの好きな「ずぶずぶの京都人」。

縁の下の幸福論

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昨夜、なにげなくテレビの画面を眺めると「プロフェッショナル仕事の流儀」が放送されていました。番組で取材されていたのが、書物を校正する校正者の大西寿男さん。多くの文芸賞受賞作家の作品や、実用紙まで幅広く校正されてきた、まさに校正のプロフェッショナルです。私は校正という仕事についてあまり詳しく知らなかったのですが、世間的には作家や編集者よりも「なにもゼロからは生み出さない、ただの日本語修正マシン」として圧倒的に下に見られている存在ということで、卓越した実績をもつ大西さんもこれらの心ない風評に潰されてしまい、一時は心の病に罹られたようなのです。世間の評価に加え、実際に経済的な意味でも校正の仕事というのはまったく儲からないらしく、映し出されている大西さんの生活もとても慎ましやかなものでした。
 
意外に思われるかもしれませんが、私も同じような悩みが心に立ち現れてくることがよくあります。なぜなら、私たちの仕事は世のだれかが一生懸命創り出してくれたものに寄っかかっており、私たちがゼロから最後までを完結させることができる仕事ではないからです。できるだけものづくりの原点に立ち返ろうと、宮古島で農業をおこなったり、ジェラートを作ってみたり、直近ではカカオからチョコレート(私たちはカカオレート®と呼んでいます)をつくっていたりします。しかし、どこまでいっても自分たちだけで完結することはありえず、だれかが作ってくれたなにかを利用して、または、だれかが自分たちの前や後になにかを手助けしてくれることによって、作品を組み上げているに過ぎないことに変わりはありません。むしろ、自分たちだけの力でなにかをなし得ているというのは完全に勘違いであり、だれかが私たちの知らないところでがんばってくれているからこそ、成り立つことができます。そういう意味で、私たちはほとんどの場合において世間的に低く見られているという校正者の仕事とさほどかわりはなく、私は大西さんの言葉に心を揺さぶられました。
 
校正者は、作家と出版社、そしてその先にいる数多くの読者のあいだで活動する仕事です。私たちもまたときに流通業であり、ときに加工業、販売業として存在していますが、やはり作り手とお客さまのあいだの微妙なバランスのなかで成立しています。いくら素晴らしいアイディアを考えようとも、素材を超越することは決してなく、どれだけ努力したからといって、お客さまにそっぽを向かれたら、この世に存在することすらできません。なにをどうしたら素材の作り手の期待を超え、お客さまに評価されるのかということを常に考えてはいますが、校正者と同じようにほんとうの意味での完全無欠の主体にはなりえません。それと同時に、縁の下の存在として、私たちはなにをなし得るかということについて日々考えているのが大西さんと同じなのです。大西さんは、そんな校正者としての自分のありようにおいて、「積極的な受け身」として燃焼しきることを仕事の座標とされており、文章の日本語としての正誤の修正から書かれていることの念入りな事実確認、言葉がより読み手に伝わるようにと著者への提案までを全身全霊で取り組まれています。しかし、書物に校正者の名前が刻まれることはなく、彼自身の表現でいう「縁の下の力なし」なのです。下手に虚勢をはって目立つことは好まず、かといって事実と違うことを放っておけないという立ち位置は、まさに私たちの仕事のありようを教えてくれているようです。

「縁の下の儲けなし」

カカオレートの店を開店した直後に来られたお客さまとのあいだで、こんなことがありました。その方は「このカカオレートの値段は、開店前の試作サンプルに簡素な包装で1400円と書いてあった。でも、今みたら包装されているのに1000円と書いてある。これは本物なんですか? なんで、こんなに安くしたのか不審で理解できないので、買いません」とおっしゃったのです。昨年の春から試行錯誤をくり返し、自然栽培で育ったベトナムのカカオを自分たちのラボで加工させてもらい、とても素晴らしい仕上がりになりました。良いものができたから高く売ろう、とも思っていたのですが、実際にお客さまに開店してお披露目する日が決まると、「今は、採算は考えずに、まずはこの味と身体への変化を一人でも多くの方に体験してもらおう、そのことのほうが儲けに勝る」と話し合い、ぴったり1000円という値段にしたのです。確かに、他店のそれと比べるのなら、1800円くらいが妥当な値付けだとは思います。それらよりも圧倒的に高い品質と体感を得られるのだからもっと高くてもと思う気持ちとともに、いくら崇高な理念でも伝わらないと意味がないという思いもまた、ほんとうの気持ちなのです。
 
編集の仕事は、大西さんのような卓越したレベルでも1文字0.5円だそうです。1万字とにらみ合って、たった5000円。とても割に合わないと思いますが、大西さんの姿をみていると、言葉に対する愛が勝っているのです。私たちも、大西さんのように読み手(お客さま)と、関わってくれた人に対する愛を優先するから、1枚1000円でいいと決めました。校正者に日があたる番組を見て、私たちもまた、地道にこの思いを広げていこうと改めて決意した次第です。

チョコレート業界の革命を目指すカカオレート・ラボのCacaolate®

原価を計算して、利益を生み出さない経営者は失格です。本稿が銀行さんの目に触れないことを祈るような気持ちですが、正直、原価など積み上げをしたら、2000円でも採算割れでしょう。最先端の設備、自然栽培ゆえにふっくらと太っていない加工の難しいカカオを使い、微生物汚染や異物混入の可能性を下げるために続々と設備導入。アホがする値付けそのものです、ズバリ1000円。京都の店では限定品の着物スタイルのパッケージも買えます。

カカオレート ベトナム(ドンナイ産)素のままシグニチャーを見てみる>>

縁の下の幸福論

- 中川信男の多事争論 - 2023年2月発刊 vol.185

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