ブータンの食文化
誰が言いはじめたのでしょうか。ブータンは、「2周遅れのトップランナー」と表現されることがあります。大量生産・大量消費と効率化を追い求め、私たちの食卓が添加物に染められていった20世紀。当時、ヒマラヤの山々に囲まれ、ほぼ鎖国状態で自給自足の生活を続けていたブータンの人々は、化学肥料やプラスチックなどがこの世に存在することすら知りませんでした。
そして21世紀、国際社会が「サステイナビリティ」や「オーガニック」を食のキーワードとして提唱し始めた今、「そんなこと、当の昔から実践しているよ」と言わんばかりに、ブータンはたちまちトップランナーに躍り出たのです。「国産農作物の100%オーガニック化」を国を挙げて推進し、近年は、農薬で栽培された隣国インドからの農作物の輸入規制も、少しずつ強化しています。
そんなブータンのオーガニックな食文化、主食はお米で、最も一般的なおかずは、唐辛子とチーズの煮込み料理「エマ・ダツィ」。わかりやすく例えると、「ごはんと海苔の佃煮」のように、ブータンの人々は、エマ・ダツィさえあれば、山盛りのごはんをペロっとたいらげてしまいます。食欲増進のため、子どもは2歳になったら、この辛~いエマ・ダツィを食べ始めるというのですから驚きです。味つけは塩とバターのみ、というシンプルな基本のエマ・ダツィに、じゃがいも、キャベツ、なす、きのこ、などを加えてバリエーションを出し、季節野菜の風味と共に楽しみます。
「与えられたもの」に感謝する
そんなブータンの人々に、ずばり「好きな食べ物は何ですか?」と聞いてみたところ、贅沢な食文化を毎日楽しんでいる私たち日本人にとって、とても考えさせられる答えが返ってきました。なんと、質問をした10名中7名が、「特に好きな食べ物はありません。出されたものを、何でも感謝して、おいしくいただくのがブータン流です」と即答したのです。
1日3食、与えられた食事を、友人や家族と一緒に食べられたら、それ以上何も望むことはない。
「足るを知る」精神を、毎日の食事という行為を通し、無意識のうちに実践しているブータンの人々。「欲しいものが手に入らない」ために生ずるイライラや怒りの感情が全く感じられず、幸福感で満たされているように見えます。彼らのメッセージには「いま、手元にあるモノで満足する力」を養うヒントが、いっぱい詰まっているのではないでしょうか。
ブータンの食卓に欠かせない唐辛子には、たくさんの種類が。モノによって、辛さも色々
唐辛子の辛さがチーズのまろやかさでマイルドに。意外とやみつきになる「エマ・ダツィ」
公益社団法人日本環境教育フォーラム
国際事業部 ブータン駐在員
松尾 茜(まつお あかね)
東京の大手旅行会社に5年間勤務した後、2012年よりブータン王国の首都ティンプー在住。ブータンの持続可能な観光開発事業に携わっている。地域固有の自然や文化、昔ながらの人々の生活を守りながら、ゆるやかに交流人口を増やし、地域経済を、訪れた人の心身を、着実に豊かにしていくような観光を、世界各地で促進していくことがライフワーク。
http://www.bhutan.jeef.or.jp/