自分軸を立てる方法はいろいろ。今回は、座禅と瞑想をすることによって、どんな効果が得られるか、暮らしにどう活かしていけるのか。座禅については、広島市竹原にある海蔵寺住職であり、座禅道場『少林窟道場』の第五世窟主である井上希道老師に伺い、瞑想については、弊社より代表の中川と、スタッフの寺嶋に話を聞きました。
座禅
煩悩を取り払い五感を研ぎ澄まし「今」を生きられるようになる
—座禅の目的、どういったことを得られるのかについて伺いたいのですが
井上希道老師(以下老師)
生まれた以上、幸せでありたいでしょう? では、幸せの原点、絶対必要条件は、何だと思いますか? まず、安全でなくちゃならない。最低限の衣食住の必要条件が整備されていかなければならない。つまり、幸せの原点というのは、安心、安らぎ。そのためには、戦争やテロがあってはならない。政治問題、経済問題、宗教問題、いろいろあるけれども、過去の「やった、やられた」を繰り返しておる間は、恨み憎しみ怒りというものから避けられない。平和にしていくためには、信じ合い、許し合うこと、そのためには過去をまず越えなきゃいけない。歴史を越える。民族を越える。文化を越える。肌の色を越える。……ということは、自分自身の囚われをも越えるということ。我々のなかには、怖いものが潜んでおる。煩悩という言葉はご存知ですね。自我や囚われという言葉も。これを解決するのが、禅の目的であり、本当の救い。じゃ、煩悩とはなんぞや。ということになるでしょ。
―はい
老師
ご先祖様は、たった一個の微生物。それが、三十数億年かかって、今日の人類があるでしょ。その間に、爬虫類になったり両生類になったりして、ついには人類に達しましたね。長い歴史というものが、我々の身体の中に潜んでおるということ。さて、生きるため、安全を確保するためには何をすればいい?
―天敵を避けることでしょうか
老師
天敵を避けるためには、かすかな匂いや音に気づき、見て、敵か味方か、安全かを確認する。そこに五感というものが必要になってくる。そうすると、常に環境の観察がいるでしょう。それは疑いであり心配や警戒ということ。つまり、疑心暗鬼は生存していくうえでなくちゃならないとても貴重な能力だったわけ。
もう一つ。生きていかにゃならんし、児孫を養わねばならんから、弱いものを見つけて攻撃するでしょう? そこに残忍性、獰猛性もある。それが、今の世界のあらゆる問題を引き起こしている根源。これを総じて、自我といい煩悩という。人間の人間たる所以である。これを滅するのが座禅の目的であり悟りである。
世間で生きていると過去や未来に心が向いている
老師
五感は自分を守る情報収集の道具だが、社会生活で身についた知識と情報が、五感を押さえ込んでいる。気に入った五感は取るけれども。
―視覚と聴覚が優位ですよね?
老師
そう。そこから先はほとんど想像で作ってしまっている。これを徹底取るのが座禅の目的。犬はなんと鳴く?
―ワンワンでしょうか
老師
じゃ、カラスは?
―カアカアですよね
老師
そこで、知性、経験、囚われの世界と、現実の世界との違いを経験してもらうために言う。犬は、ワンワン。カラスはカアカア。じゃ「ワンワン」は何?
―犬の鳴き声ですか?
老師
そうね。じゃ、一足す一は?
―二ですか?
老師
では、君の耳には、一足す一は、「二」と聞こえたのか?
―「一足す一は?」と聞こえました
老師
それが現実であり真実でしょ?「二」は勝手に作った想像物でしょ?だから、カアカアはカラスではない。じゃ、カアカアは何?
―カアカアは、カアカアです
老師
そう。それが現実であり、事実です。後のものは自分が作った空想物であり囚われのもの。過去の遺物が今の自分を縛り付けておるということ。それを、一回、ごそっと取るのが「禅」の目的。
―「座禅体験」などに一回行って、変わるものではない、ということですか?
老師
できっこない。過去がそんなに簡単に落ちるものなら戦争は起こらない。
世間の中にいると、人と出会わなきゃならない。何かするには目的を掲げる。目的を掲げれば、失敗のないように成果を出さにゃならない。無いものを想像して、そのイメージに近づけるように工夫努力をして結果を出していくのが仕事でしょ。体は「今」をやりながら、頭は絶えず、未来を、バーチャルの世界を形作っていくという、求心の塊なわけ。それで身と心が離れてしまう。だから乱れる。
本当に「今」に生きることが「禅」である
老師
一切を超越するとは、「今」になりきること。今になりきるには、過去や言葉、概念も、イメージも要らない。要らないことは全部、煩悩、雑念。それを引き起こすのが自我。自我さえなければ、衝突するものもないし、争いもない。自由自在になる。これが本当の幸せ。全て外し切って綺麗になったら無色透明になる。そこで、大きな自覚症状がある。これを悟りというんだ。
―座禅は毎日したほうがいいですか?
老師
いつも事実だけになっておればいい。真実に生きるためには、今を純粋に余念を入れないように。プライベートな時間、できるだけゆっくりと丁寧に過ごす。そうしたら、余念、雑念が入ってくる余地が少なくなるから。食事の支度、片づけなど何でも丁寧にする。そうすると物に愛着が出てくる。執着ではないよ。物の尊厳がわかり、大切にする心が湧いてくる。すべてを愛する力が出てくる。
精神統一という言葉を覚えておきなさい。姿勢を正して、心静かに何も考えないこと。考えないためには、一息を素直に自然に、一生懸命吸って、一生懸命吐く。そして、ゆっくり静かに丁寧に座り、丁寧に立つ。自分の行動を自己観察できるようにしていきさえすれば、落ち着いて安住する力が生まれるのです。
井上希道(いのうえ きどう)
1940(昭和15)年広島県竹原市忠海床浦生まれ。海蔵寺住職。少林窟道場第五世窟主。愛知大学文学部哲学科卒。井上義光・大智両老師に師事。
著書に『座禅はこうするのだ(上・下)』『心と禅問答』(ともに少林窟道場刊)。『座禅はこうするのだ(正・続)』(地湧社/フランス・中国・英語訳)。『禅僧地球を歩く』(致知出版社刊)。CD参禅指導法話7巻。講演、国内外色々。野口整体創始者である野口晴哉先生の直弟子に22年師事し、整体にも精通している。法話、毎日インターネット掲載。座禅指導、毎日。
瞑想
10日間という時間を確保し自分を再起動させる体験
―瞑想を始めたきっかけは?
中川
そもそも瞑想にも祈りにも興味はなく無神論者でした。26歳で片道切符でバンコクに行き、東南アジアを巡りインドに辿り着きました。そのときに瞑想を知りました。その後、ネパールで知ったのがヴィパッサナー瞑想。ヴィパッサナーとは「物事をありのままに見る」という意味。ネパールの道場に10日間入ったのが、本格的な瞑想としては初めての体験でした。
太古の昔、ヒンドゥー教が苦行をベースにして悟りを開こうとするのに対して、釈迦は苦行を排し自分の内側を見ることを悟りの中で理解し仏教を確立しました。その釈迦が最後に確立した瞑想が、ヴィパッサナー瞑想と言われています。
道場にいる10日間、朝4~21時ぐらいまでひたすら瞑想します。粗末ながら食事は取ります。仏教の五戒はもちろん、誰とも話さず、声を出さない、アイコンタクトもしない。たくさんの人が途中で止めていきます。指導は英語。当時は、さほど上手ではないのに英語で聞きました。世界のほとんどの瞑想は、言葉、形や光など、何かを思い浮かべると言われています。ヴィパッサナー瞑想は、そういったことは一切しません。とにかく観察をします。髪の毛の先から足の指先まで、つぶさに自分を観察していくのが基本です。その観察を深めていくと、体が消えていく感覚がわかりました。「それは悟りではない」ということを、繰り返し言われます。悟りではないものの、この世のなかは万物が流転しているということが体感できるわけです。
その後、インドに戻って光明瞑想を、日本に帰国してからTM瞑想など、さまざまな瞑想を体験しましたが、ヴィパッサナー瞑想は素晴らしい。ただ、ワンクールが1回1時間。忙しい現代人には、あまり現実的ではありません。重大な決断の前に、少し時間を取って瞑想らしきことをすることはあります。「今、手を開いた」「今、ここが熱いと感じている」など。感じている間は、過去も未来もない。今を感じているわけですから。ヴィパッサナー瞑想が教えていることは、そういうことではないかと思います。
―他に瞑想をする利点はありますか?
中川
10日間という時間を作ること。若い時は別として、今、会社を経営していて家庭もありながら、10日間電話もメールも一切できない。その時間を確保する決断に大きな価値を感じます。約20年ぶりに昨年、ヴィパッサナー瞑想に行って驚いたのは、10日間外界との連絡を絶つと、自身の処理能力が10倍にも20倍にもなることです。
―社長が収集しておられる情報がそもそも多いのだろうと思われますが……
中川
そうです。だから敢えて捨てなければならない。経営者ですから、同時にいろいろなことを考えますし決断も多い。現代人は多すぎる情報のなかから正解を探そうと必死。だから、一度、外からの情報を全部絶つという経験が必要だと思います。そういう状態になると、特に努力をしたりジャッジしたりしなくても、勝手にすべてがうまくいく。でも、人間関係までうまくいくのかというと、それはそうでもないんでしょうね。
―リセットするということですか?
中川
そうです。しっくりくるのは「再起動」という言葉。シャットダウンして電源を入れたら戻るでしょう?
再起動して最適化されると、感じ方が変わります。少なくとも、最初のネパールでの10日間の前と後では、見ている世界も価値観も、すべて変わりました。「実在がない」ということを、一度体感できると、普段は忘れていたとしても、自身を客観視する力が身につくはずです。思い切って時間を取って試してみれば、その後、続かないとしても、きっと価値のあるものとなると思います。
プレマ株式会社 代表取締役
中川信男(なかがわ のぶお)
京都市生まれ。
文書で確認できる限り400年以上続く家系の長男。
20代は山や武道、インドや東南アジア諸国で修行。
3人の介護、5人の子育てを通じ東西の自然療法に親しむも、最新科学と医学の進化も否定せず、太古の叡智と近現代の知見、技術革新のバランスの取れた融合を目指す。
1999年プレマ事務所設立、現プレマ株式会社代表取締役。
保守的に見えて新しいもの好きな「ずぶずぶの京都人」。
数分の瞑想で自分のスペースを保ち思考をリセットできる
―瞑想を始めたきっかけは?
寺嶋
数年前にボディワーク※1をするようになり、プロとして自身のメンテナンスのために徹底的にアーシングをするようになりました。アーシング※2を徹底すると、電磁波に過敏になるなど、肌の感覚がまるで目や耳のように感じるほど研ぎ澄まされました。人間の能力はどこまで研ぎ澄ませるのか興味を持ち、瞑想の本を読み、ワークショップに参加しましたが、体感が得られませんでした。
昨年、アメリカ人の瞑想家に師事したところ、初めて、体の内と外がなくなる感覚を体験しました。すごく面白かった。そこに至るには時間がかかると思っていたのが、数分でその状態に。
―誰にでもできることでしょうか?
寺嶋
それはわかりません。瞑想は現在、約三千種類ぐらいあると言われていて、大きく分けると、受動的瞑想と能動的瞑想があります。受動的瞑想は体を感じ切る方法。私がしているのは能動的瞑想のテクニック。これは時間も場所も座る姿勢も関係なく自由なのです。好みの問題だと思いますが、私は自由な方法のほうが入りやすかった。
―体の境界線がなくなることが目的?
寺嶋
面白い体験ではありましたが、目的ではありません。ただ、「感情や意識が分け隔てているだけで、私はあなたで、あなたは私なんだ」と気付いたことは大きいです。本で文字で読むのではなく、自分の内側から出てきた喜びはすごい。人生観が変わり、行動も変わる。自分と他人の間に境界線がないと知り、相手のことを想像する余裕が生まれ、イライラすることが減りました。何より思考をストップさせることが得意になりました。
―どのように取り入れていますか?
寺嶋
あえて習慣にしているのではなく、必要を感じたらしています。私がしている能動的瞑想法のテクニックは3つ。書く瞑想や、頭を切り替えるための瞑想など、自分の状態に合わせた瞑想をします。数分から数十分でできて、体が楽になり、頭がリセットできます。自分のスペースを保つ方法を手にすることができたのは非常に重要です。スペースというのは、空間や時間のこと。ゆとりと言い換えることもできます。一定のパフォーマンスを保てるように仕事に取り組んでいますが、スペースが保てないと、そのバランスが崩れてしまいます。また、常にチャレンジし続け、自分をバージョンアップさせるのが好きなのですが、その考えも、恐らくスペースがあるからできるのだと思います。
自分に合う瞑想方法はあるはずなので探してみてください。経営者などリーダーの方に、特におすすめしたいです。
※1 ボディーワーク:主に、身体に手を当てたり、軽く押したり揺らしたりするなどの手技によって、自己治癒力が促されるもの。カイロプラクティック、クラニオセイクラル、オステオパシー、ロルフィング、アレキサンダーテクニークなど。広義には、ヨガやピラティスなど自身で体を動かすものも含まれる。
※2 アーシング:電化製品のアースのように、人体に溜まった静電気を土に流すこと。土の上に裸足で立ったり、座ったりすることで、滞留している電気を抜くことができる。
プレマ株式会社 プロモーションセクション
寺嶋 康浩(てらしま やすひろ)
関西大学工学部卒。
広告制作や宣伝に携わる傍、身体、心、食事、運動4つの面から健康をサポートするポラリティセラピーやクラニオセイクラル(頭蓋仙骨療法)を学ぶ。
2011年、父の死を機にボディワーカーに転身。
全国で述べ1,000人以上の身体と向き合いセルフケアを提供している。
取材を終えて
座禅はその道の老師に、瞑想は体験者に目的や魅力について伺った。話を聞いて感じたのは、座禅は女性に、瞑想は男性に向いているのではないかということ。内観という共通点はあるが、座禅は大地に根っこを張る下向きの印象を、瞑想は世界が上へ外へと広がる印象を受けた。
柔軟性がある一方、人に影響を受けやすい傾向にある女性は、地に足をつけ、自在に邪念を切るという、ひとつの方向に向いた座禅が必要。分類・分析しジャッジする傾向にある男性は、瞑想によって境界線のない体験をしたとき、愛情が上へ外へと広がる心地よさの体験が必要。
どちらも男女ともに素晴らしい力をあたえてくれると確信したものの、その魅力については、言葉で聞き、言葉にして伝えるには限界を感じた。個人的に、少林窟道場と、ヴィパッサナー瞑想の京都道場に、ぜひ入門してみたい。
編集室Roots 代表
藤嶋ひじり(ふじしま ひじり)
『らくなちゅらる通信』編集担当。編集者ときどき保育士。たまにカウンセラー。日経BP社、小学館、学研、NHK出版などの取材・執筆。インタビューは1,500人以上。元シングルマザーで三姉妹の母。歌と踊りが好き。合氣道初段。