講演や執筆の機会を頂戴するたびに、部分でなく全体を見ることの重要性をお話しするようにしています。体に良いといわれる野菜や果物から有効成分を取り出したサプリメントを摂取しても、元の食べ物ほどの効果はありません。食べ物には多くの栄養素が含まれていて、その成分は複雑に影響しあっています。生命活動は酵素を触媒としておこなわれる、多くの栄養素の無限の化学反応です。植物性の食品を丸ごと食べれば、その中には栄養素がバランス良く含まれているのに対し、肉や精製された油・粉・穀物は栄養素に偏りがある、あるいは栄養素を取り除いたカスの部分ともいえるのです。
不可欠な栄養素
鉄は酸素を運搬するヘモグロビンの重要な構成要素であり、欠乏すると貧血を引き起こします(鉄欠乏性貧血)。また、ミトコンドリアでエネルギーを作る重要な要素でもあります。鉄欠乏の症状として、慢性疲労、全身倦怠、動悸・息切れ、めまい、耳鳴り、頭痛、食欲低下、朝起きられない、集中力が続かない、冷え性、うつ、心不全、下肢のむくみなどが挙げられ、体に現れるサインとして、顔や眼瞼結膜が白い、顔が黄色い、爪が平たい(スプーンネイル)・割れやすい、口角や舌の荒れ、髪がパサパサする・抜けやすい、肌がカサカサする、足がムズムズして眠れない、氷を食べたくなる、肝斑が治らない、傷が治りにくい、傷跡が消えにくいなどが挙げられます。
鉄欠乏の原因を見極める
鉄欠乏の原因は鉄の摂取不足の場合と体内の鉄代謝が止まっている場合があり、後者の場合、その原因に対処しないと鉄欠乏の根本的な改善は難しいです。鉄の代謝は炎症の影響を受けます。食事が適切なのに鉄が不足する場合、体のどこかの炎症を疑い、その原因を取り除くことで鉄欠乏も改善する場合が多くあります。具体的には、風邪やリウマチ、腸の炎症、上咽頭炎、脂肪肝などの病態があると体の中に炎症性物質があふれ、それらと一見無関係と思われる鉄欠乏を起こすのです。
鉄剤パラドックス
鉄は動物由来のヘム鉄と植物由来の非ヘム鉄に分けられます。サプリメントに多く用いられるヘム鉄は吸収が良い代わりに制限なく吸収される性質があります。しかしヒトには過剰な鉄を体外に排泄する機能が備わっていません。過剰となった鉄は活性酸素発生の原因となり、過酸化脂質を作り、炎症を引き起こします。鉄欠乏を改善しようと摂取しているサプリメントで炎症を引き起こし、その炎症が鉄欠乏を引き起こすことがあるので、鉄不足と同じくらい鉄過剰のリスクを理解しておく必要があります。鉄剤や鉄サプリメントは酸化ストレスを増加させることもわかっているので、鉄はまず食品から摂るよう心掛けるべきです。
本稿に「ヴィーガンと鉄」というタイトルをつけましたが、ヴィーガンが非ヴィーガンより鉄欠乏性貧血の罹患率が高いということはありません。プラントベースホールフードで食べる全粒穀物、ひよこ豆などの豆類、ナッツ、かぼちゃの種などの種子類、ドライフルーツ、緑色葉物野菜などから問題なく鉄が摂取できますし、柑橘類をはじめとするフルーツ、ブロッコリーやパプリカなどの野菜は鉄と同時に鉄の吸収を助けるビタミンCを自然に多く含んでいます。鉄の吸収を阻害するカフェインを控える工夫ができればさらに良いと思います。
月経のある女性の多くは貧血を起こす可能性があるので、鉄を十分に摂取する必要がありますが、鉄欠乏=サプリメントと安易に考えず、まずちゃんと食べて、それでも症状がある場合は身体全体を見極めてくれる専門のカウンセリングを受け、根本原因から対処するのが近道かもしれません。