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ながれるようにととのえる

身体の内なる声を味方につけて、生きる力をととのえる内科医、鍼灸をおこなう漢方医のお話

やくも診療所 院長・医師

石井恵美 (いしいえみ)

眼科医を経て内科医、鍼灸をおこなう漢方専門医。漢方や鍼灸、生活の工夫や養生で、生来持っている生きる力をととのえ、身体との内なる対話から心地よさを感じられる診療と診療所を都会のオアシスにすることを目指す。
やくも診療所/東京都港区南麻布4-13-7 4階

立ち止まってみたら、みえたもの

投稿日:

大学の医学部5年生のとき、人生初の大ブレーキを経験した。5年生になると、大学病院の病棟で実習がおこなわれる。それは患者さんを受け持ち、実際に対面しながら学ぶことだ。しかし、勉強も経験も不足していた自分が、病棟で患者さんを目の前にして、なにもできなくなってしまった。今になって思えば、どうしたら自分のめざす医師像になれるのか、なにもわからなくて途方に暮れた結果だったのだと思う。まだ学生なので途方にくれて当然なのだろうが、自分の気力も身体のエネルギーも落ちるところまで落ちてしまい、一歩も前に進めなくなってしまった。

当時は学生ながら、「受け持つ患者さんのことを、少しでも理解したい、なんとかしたい」という、医療者としての、そもそも一番大切なことを見失ってしまっていた。一体なにに心が葛藤しているのかもわからないまま、身体からいろいろな自覚症状が出てきて、起きられなくなり、食べられなくなり、眠れなくなり、なにかをする気力もなくなってしまった。そのままでは実習を継続することはできず、しばらく休学した。

そして、実家に戻ったのだが、母の友人の九州の知人宅に行くことになった。そこはトレーニングファームという田畑を周囲にもつ治療院であった。わたしはなにもできないながらに、太陽の明るさで目覚め、昼間は少しでも土に触れ、身体を少しずつ動かし、夜は暗くなったら眠るという、生物としての基本に立ちかえる生活をしばらく送った。食養生や鍼灸治療、漢方薬を飲むことなど、思いつく助けになることをやらせてもらった。自然のリズムから自分の心身が離れすぎていたことにも、しばらくしてようやく気づけた。そして、そこの近くにあった、にこにこ診療所に自分の現状を相談しに行ったのである。

そのときのことは、いまでも鮮明に記憶している。大学の担任であった脳外科医には、自分の状況は理解に苦しむといわれていたので、にこにこ診療所の内科医との対話は、はっとすることばかりだった。「いいんじゃないかな、人生のなかで、そういうふうに悩んで立ち止まっても」。その言葉にびっくりするほど救われたのだ。歯を食いしばって、全力で前に進むことがすべてだという社会の価値観に、知らぬ間にがんじがらめになっていたようだ。「いいんだ、迷っても、いったん立ち止まっても。いつだって、自分を追いつめなくていいんだなぁ」ということを体験した貴重な経験だった。そして、人から興味をもって、心を向けられることが、こんなにも救いになることを、自分の心と身体で感じた。だから、そのとき、見守ってくれていたすべての人々に、今でも思い出しては感謝している。

自分の前途を悲観し行き詰まった経験は、漢方や鍼灸、そして生活での養生、日々の自分の心のあり方、身体のゆがみの治し方などの、今の医療が目を向けにくい部分も大切であることに、開眼させてもらうきっかけだったと思う。行き詰まりの悲しみが強いほど、どうしたらよいかという疑問を持てるのではないだろうか。そこに小さな希望があると思う。

それから二十数年、ときどき息切れして立ち止まることもある。しかし、医療者として、なにを見失わないで大切に生きていたいのかが、あのとき立ち止まったおかげで、忘れずに迷うことなくいられるようだ。そして、都会にいながらも、今でも土を無性に欲するのは、あのとき癒してくれた自然が、静かに自分に寄り添ってくれている気がするからだろう。

あるとき、いつも診ている患者さんに、「先生は絶滅危惧種ですね」と言われた。わたしには、このうえなくうれしい言葉だ。しかし、絶滅しないように、できることを地道にさがそうと思えた。

- ながれるようにととのえる - 2023年1月発刊 vol.184

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