モヤモヤの抱え込み
「お父さん、退院できそう?」
親友が投げかけてくれたこの質問が発端でした。昨年7月から長期入院している私の父(86歳)の退院の調整が、ここ2ヶ月ほど難航しており、「できるならこの話題には触れずに終わりたい」と内心思うほど、私のなかではモヤモヤが続いていました。
私はまさに冒頭でお話しした「モヤモヤを言葉にしたがらない」状態に陥っていました。当然、話すのを避けたからといって、問題がなくなるわけではなく、気持ちはさらに重く、行動力も落ちていくばかりでした。
しかし、なんと幸運なことでしょう!問われれば、答えようとするのが人間の脳。親友が質問してくれたおかげで、私は思わず言葉にし始めてしまったのです。すると、モヤモヤはスカッと晴れ上がり、一週間後には、実現困難と思われた父の退院も、具体的に動き出しました。
言葉にすると気づく
なぜ、そんなに急展開したのか? それは「いままで気づいていなかったことに、気づくことができたから」。
具体的に言うと、「言葉にした」→「言葉にした内容を客観視した」→「事実に気づいた」というプロセスです。ちなみに、「客観視」というのは、自分の言葉に対して良し悪しも意味もつけず、ただ言葉の通りに受け入れることです(感性が閉じていると難しく感じるかもしれません)。
私は友人に対して、モヤモヤを言葉にしたからこそ、父の退院に関して「誰も主導権を取っていない」という事実、そして、自分がそのことに罪悪感を感じていることに気づきました。父・病院・私。皆、役割を果たそうと動いていたものの、中心となって導く人が不在でうまく噛み合わず、遅々として状況が好転しないのは当然でした。また、罪悪感が私の判断力や行動力を鈍らせていたのです。
そうした事実に気づくや、モヤモヤはなくなり、私の腹は決まっていました。「自分が主導する」。腹を固めるとはよくいったものです。自分のスタンスが決まると、スッと楽に行動できるようになり、翌日には、病院側との連携を深めることにも成功。退院へ大きく前進しました。
また、父にも大きな変化が起きました。体力、意欲、また認知機能が著しく低下し、会話もうまく成立しなくなっていたのに、私が主導していると知るや、急にリハビリや水分摂取など積極的に取り組むようになったのです。3日後には、元気な声で会話できるまでになり、これには驚きました!
モヤっとしたら、言葉にしよう
今回の出来事は、モヤモヤをいくら自分のなかで大事に温めても、物事は前進も好転もしないということを、思い出させてくれました。自分の頭のなかにあるかぎり、それは曖昧で客観視もできない状態です。「言葉にする→客観視する→事実に気づく」というプロセスができると、これまでの考え方やものの見方を柔軟に変えることができます。結果として行動が変わり、現実も好転します。気づくから物事がよくなる。それはとてもパワフルな体験です。
ぜひ、あなたも自分の内側にあるものを言葉にしてみませんか?