「新しい朝が来た 希望の朝だ
喜びに胸を開け 大空あおげ
ラジオの声に 健やかな胸を」
これは子ども時代、夏休みになると繰り返し刻まれた思い出の歌です。ご記憶の方も多いでしょう。早朝の児童公園でアナログラジオから流れたあの「ラジオ体操の歌」は、40数年を経て父と私の思い出ソングになりました。いのちの讃歌・応援歌。今月はそのお話をさせていただきます。
昨年11月、私の父は14ヶ月ぶりに退院しました。帰宅から一夜明け、自分の寝室、自分のベッドで目覚める父。「お父さ~ん、おはよう!」カーテンを開けると、前夜から降り積もった雪が、寝たきりになった父の全身に眩い白銀の光を注いでくれていました。
幾多の困難と瀕死の場面を乗り越え、ようやく帰ってきた父が新しい朝を迎えている。その事実に、なんとも言えない歓喜と感謝が込み上げ、思わず「ラジオ体操の歌」が私の口から流れ出しました。すると、父の表情がかすかにほころび、口元が動き出したのです。なんと父も、声にならない声で私と一緒に歌おうとしていました。
入院中に寝たきりになった父は、痩せこけ、無表情。声は聞き取れないほど弱々しく不明瞭で、相手に伝わりません。これは3ヶ月以上も飲み食いをせず、ほぼ寝たきり状態だったため、発話に必要な筋肉が極度に衰えたことが大きな理由でした。
そんな父が私と一緒に歌おうとしたのです。新しい朝、希望の朝の到来を喜んでいる! 無表情でも、声が出なくても、父のいのちは躍動している。その可能性をまだまだ発揮せんと勇んでいるじゃないか! 私は身震いしました。命ってすごい!
声という希望
「おはようございま~す!」
まもなくすると、玄関から鈴を転がすような声が家中に響き渡りました。その一声だけで、わが家の空気が一瞬で華やぐ。そんな活力をもたらす声の持ち主は、ベテラン訪問看護師 Mさんでした。
Mさんの凄さを最も痛感するのは、不眠続きで極限状態のとき。彼女の明るく艶ある「おはようございま~す」のひと声で、父も私も正気に戻るのです。私はかれこれ15年ほど、「声はその人の影響力」「声はその人の生命力」と伝えてきたのですが、Mさんの声を聴けば誰もが納得するでしょう。
そんな看護師 Mさんは、高いリハビリ指導能力も持ち合わせていました。発話困難で意思疎通に支障をきたしていた父に伝授してくれたトレーニングは、シンプルなのに効果絶大。父が見様見真似で口や舌を動かしてみると、ものの4、5分で声に力と明瞭さが増したのです。「良くなりたい」「声を出せるようになりたい」父の、声にならない声が私にはハッキリ聞こえました。
そこから、意欲的にリハビリに取り組むようになり、声にはさらなる生命力が宿るように。最初は単語を発するのが精一杯だったのに、3、4日もすると、具体的な頼みごとや考えを表現できるまでに改善し、1週間ぶりに訪れた医師を驚かせてみせました。
そのうち、父は夜になると、筆舌に尽くし難い激しい咳き込みや高熱に見舞われようになりました。父も私も一睡もできずに朝を迎える日が数日続き、心身は極限状態に。それでも私たちは「ラジオ体操の歌」も、発話訓練も欠かすことはありませんでした。
なぜなのか? それは「いのち」とはそういうものだから。「いのち」は、生きること、良くなることを諦めることなく、最後の瞬間まで、その可能性を発揮し尽くそうとするから。それが、今の私の答えです。
父と私は声という希望を通して、「いのち」のレッスンを受けたのかもしれません。互いの声を重ねながら。