過日、アメリカの西海岸を巡る視察の旅に出かけました。この視察では、アメリカにおける高級スーパーやオーガニックショップの現状を見るとともに、教育における自然や農業との関わりや、持続可能なライフスタイルが確実に広がっている様、そして世界的に広がっているといっても過言ではない「食の世界における日本化」を強く感じることとなりました。
大変興味深いことに、アメリカ経済の後退とともに、顕著になっている現象があります。アメリカは日本以上に格差が存在している社会ですのでわかりやすいのですが、低所得者層では、移民時代以降に培われたアメリカンなライフスタイルや食生活=ボリュームが多く大作りで高カロリー、いわゆるジャンク食がさらに浸透しているのに対し、高所得者層の生活、そして食は急速に日本化、東洋化しているのです。これは単に日本食がブームというレベルの話ではなく、食事全体が質素かつ野菜中心であり、素材のうまみ(?UMAMI?は最近英語として認知されています)を引き出した料理が大きなムーブメントとなっています。
とくに、野菜の消費という側面だけでも、アメリカと日本の野菜消費量は1995年に逆転しているといわれており、その基調は今も続いているようです。視察中、店のグレードが高ければ高いほど、野菜や果物の売り場は充実しているのが象徴的で、オーガニック認証がつけられていたり、地場産の野菜の比率が高かったりすることには改めて驚きました。これらの店では、サービス水準から清潔さ、棚陳列の整然とした美しさも格別で、日本のスーパーマーケットはとても太刀打ちできないレベルなのです。もっとも日本的な美徳とされる清潔さや繊細さまでを海外の高級スーパーで体感することになるとは思ってもみませんでしたが、べつの見方をすればモノの質と量だけではない、気遣いの大切さは世界で通用するといえます。いま、発展途上の国であっても、経済発展に伴って確実にその方向が評価されていくことになるでしょうから、日本人の活躍の場はまだまだ確実に存在すると確信するに至りました。
この旅の最後に、ナパにあるThe Culinary Institute of America (CIA)という料理製菓大学で開かれた国際料理会議を視察しました。毎年開かれているこのイベントで、はじめて日本食がテーマに選ばれたということもあって、日本のそうそうたる著名料理家が一同に会していました。大変な活況で、日本人としてはとても嬉しいことではあったのですが、残念なことにこのようなビッグイベントのスポンサーは日本の大手食品メーカーであり、試食会やセミナーで使う食材はこれらのメーカーが作ったものに限定されているというのです。出展していたある有名な焼き鳥店店主は「こんな水と色素と塩を混ぜたような醤油で、うちの味はでない」と嘆いておられました。醤油に限らず、味噌も酒もみりんも似たようなものです。日本食のうまみは長期の発酵と素材の卓越さに支えられたものですから、工場で促成かつ大量に製造されたものではほんとうの味にはならないのです。これは弊社のお客さまなら理解の及ぶところですが、世間一般の認知では必要充分、ということころでしょうか。アメリカ人の料理人が大挙して集まり大入り御礼、日本人の三つ星料理人にサインを求めて列をなす光景を見ながら、複雑な気持ちになっていたのは私一人だけだったかも知れません。
この際ですから、複雑な気持ちになることをいいましょう。アメリカでは【LOHAS】や【食育】に類するような、ブームでもてはやされている環境や食にまつわる造語をほとんど見かけません。一方なぜか日本の企業も政府もこのようなかけ声が大好きです。LOHASと言えばものが売れる、食育といえば免罪符になるということなのでしょうか。【自然派】も結局よくわからない言葉です。アメリカにおける日本料理店の8割以上が中国人や韓国人経営だったりするのに【日本食】と看板を掲げているのに似ています。結局、私たちに求められているのは『本質を見抜く目』ということに尽きるのかも知れません。
追記‥諸外国の皆さんにも日本の卓越したほんとうの食品を手にしていただけるように、英語と中国語のウェブサイトもオープンしています。ぜひお知り合いにお知らせ下さい。
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