2018年7月。
東京の中目黒駅前にジェラート店をほぼ力業だけでオープンし、慢性的な人手不足で迎えた三連休。
銭湯のサウナでは「危険な暑さが列島を襲うので、できるだけ外出しないように」というアナウンスが流れ、実際に猛烈な熱気が降り注いでいました。
私はここまでの数ヶ月間、一日の休みを取ることもできず、また、食事時間の確保すらままならない状態で、慣れない立ち仕事を1日16時間以上続けるという異常な状態にありました。
「世界で唯一衰退していく日本の自然食の流れを変えるためには、全く違うやり方を、どんなに苦しくてもやり通す」と心では覚悟しているものの、さすがに50歳を前にした身体には堪えているようで、この日は立っているのも厳しい疲労が押し寄せていました。
努力で笑顔は作れても顔色と声はごまかせないようで、だんだん声に勢いがなくなり、周りから見ても顔色が悪かったようなのです。
続々来てくださるお客様が、最も入り口に近い場所にある米だけでできた、世界で初めてのジェラートのご試食をご用命になるたびに、「このジェラート、お米以外の素材は一切使っていないのです。
こんな暑い日の疲れは、バッチリ吹き飛びますよ。
甘酒をベースに使っているのですが、甘酒は俳句の世界では夏の季語。
江戸では夏に甘酒を飲んで、暑さを乗り切っていたんです」などと、いつもお話するようにおすすめしていました。
実は、この「単一由来素材だけでできた、奇跡的なジェラート」を着想したのは、一昨年の年末。
甘さがあまり好きではないけれど、年末だからと日本酒を飲んでいるときに、「もしかしたら、発酵した米素材を多重に重ねたら、お米100%のジェラートができるかもしれない」と思いつき、そのまま正月の間ずっと製造ラボにこもりっきりで開発したジェラートレシピでした。
ジェラートの常識からいっても、あり得ない米しか使わないジェラート作りは、試作を繰り返すも当然ながら難航。
糖の力を借りて、素材中の水分に由来する氷の結晶をできるだけ小さくして滑らかさを出しながら適度な硬さに固め混んだのがジェラートの本質なのですが、きれいに固まってくれません。
米素材の比率や温度を細かく変えながら、何度も試作を繰り返し、3日かけて完成したのがこの米しか使っていない、米100%ジェラートなのです。
試作は真冬でしたが、食べるとじわっと全身に血液が巡り、口は冷たいのに、身体は温かくなるという不思議を体験し、そのまま四月の開店以降も販売を続けてきました。
疲弊した体を復活させた瑞穂の国の発酵の力
試作直後にイタリアでおこなわれた世界最大のジェラートコンテストにもこのジェラートを出品しました。
残念ながら、麹の味がする、ミルクもフルーツもナッツも使っていない非常識すぎるジェラートはイタリア人の口には合わなかったようです。
入選することもなく、コンテスト会場をあとにして、イタリアでジェラート製造を教えてくれた先生のところにも持ち込んで感想を聞きました。
「これは、素晴らしいジェラートのベースだ、ぜひ、レシピを教えてほしい。
米だけというところがとても斬新。
だから、これにピスタチオを入れたら、素晴らしいジェラートになるよ!」と自信満々で答える先生。
いくら先生といえども、このジェラートのレシピを教えるわけにはいかず、なによりピスタチオなんて入れたら、私の決断である「米素材100%という、日本人にしか着想することも、作ることもできないジェラートを作る」という決意の意味がありません。
やはり、ジェラートは複数の違う材料を混ぜ合わせてシナジーを作り出すのが王道だという、普通に考えれば当たり前の反応しか返ってこず、真冬のヨーロッパの凍てつく道をとぼとぼと帰ったのを思い出します。
重い足がホテルにたどり着かせてくれたとき、私の頭のなかには一つの言葉が現れました。
「瑞穂の国の誉……」
大地と水、空が共々に働き、稲穂が実りをもたらし、我々日本人の食の根幹を支えてくれる米に祈りと敬意を示し、食べるときごとに「いただきます」「ごちそうさま」という美しい言霊を発する、日本人、または日本語を話す人にしか感じることのできない、感謝の美しさを結晶させたジェラートの名前はこれしかないと確信。
しかし日本に帰ると、国から補助金を騙しとり、何も知らない子どもたちに民族の誇りどころか単なるお題目を強制的に唱えさせ、ヘイトを誘発する集団が作る小学校に近似の名前があり、ニュースになっていることをとても悲しく感じました。
とはいえ思考力を奪い去り、他国に憎しみを抱かせる道に未来はありません。
帰国後、周りから酷いことを言われながらも、私はこのジェラートの名前を変えることはありませんでした。
そして、今年の夏。
倒れそうな私に「瑞穂の国の誉」が「私を食べなさい」と言っている声が聞こえました。
少しの物陰に隠れ、食した一杯の「瑞穂の国の誉・米100%ジェラート
米のローストキャラメル味」。
10分経つと目が見開き、15分経つと声が復活し、30分経つと手足の末梢に血液の力が感じられ、一時間経つとほぼ元気な状態に回復。
そのまま閉店後も、翌日の朝まで元気が持続しています。
そして、本稿を書き、私はまた車で京都に戻ってジェラートを作ることにします。
私の天職はジェラート作りではなく、人を応援するすべてに意識を向けることであり、心の薬をお届けすることなのです。